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キャットファイト
「ハーマン、続きを」
王の命令に、騒ぎ疲れて大人しくなったガートルードを騎士が内陣の前へ連れて行くと、両手を魔道具で拘束されている第二王子妃はうつろな表情でぺたんと子どものように床に座り込んだ。
「それでは、始めます」
一礼して、ハーマンと司祭、そして魔導士たちがオリヴィアの時に行った術を繰り返す。
唱和される詞と音に、一部の男たちは密かに冷たい汗を流し始める。
逃げ出せるものならと周囲を伺ったところで、王の配した警備は万全だ。
無駄なあがきなのは明らかだ。
呪いのような時間が過ぎ編み出された術が最高潮になったところで、ハーマンが錫杖を床に叩きつける。
「指輪よ。秘する者たちを開示せよ」
厳かな声とともに、ガートルードの指から青い光が放たれた。
それは、様々な男たちめがけて飛んでいく。
飛び回る無数の青い光に女性たちはどよめき、そして心当たりのある男たちの中にはしゃがんだり時には身近な女性を盾にして逃れようとするがそんな姑息な手が通用するはずもない。次々と不貞のしるしが付けられていく。
中には、紫と青のどちらもしるしが残った者がいる。
その最たるものは、アラン・ネルソン。
彼は、全身の半分ずつが両方の色に染まり、もはや魔物のような姿となっていた。
「ふふ……。あははは……」
誰もが息をのんでアランを見つめる中、笑い声が上がる。
「だからなんだというの。…ばかばかしい。誰でもやっている事じゃない」
膝の上に両手を投げ出し、唇をゆがめ首を傾げた。
「ちょっと見つめただけで、羽虫のように寄ってきて。婚約者がいようが妻子がいようがいまいが皆……」
ぐるりとあたりを見回して肩をすくめる。
紫、青、紫、青。
紫と、青。
青、青、青……。
青色に染まった男の方が少し多い。
「オリヴィア様。少なくともこの場においては私の方が勝ちですわね」
こんな時だと言うのに誇らしげな表情を浮かべ、すぐ近くで同じような姿で床にへたり込み、ガートルードを呆けたように見つめるオリヴィアに微笑みかけた。
「…ガートルード様」
その言葉が耳に届いたのだろうか、ぱちりと瞬きをしてペリドットの瞳が突然光を取り戻す。
「貴方、王子妃でありながら、まさかアランをたぶらかすなんて……」
地を這うような唸り声が可憐な少女の唇から上がる。
長いドレスの裾もものともせずいきなり立ち上がりガートルードめがけて駆けると、右手を思い切り振り上げその頬に叩きつけた。
「……っ!」
ぱん、と破裂音が聖堂内に響く。
抵抗できないガートルードは平手打ちをまともに食らった。
「この、泥棒猫!」
金切り声を上げて左手も振り上げたオリヴィアの腹に、今度はガートルードの拘束された両手が拳の状態で叩き込まれる。
「ぎゃっ…っ」
仰向けに倒れたオリヴィアの上にガートルードは飛び乗った。
「自分に魅力がないのを棚に上げて、何を言っているのかしら、この花畑は」
馬乗りになった状態でガートルードは微笑む。
そして両手を固く組み合わる。
「無礼者。私は王子妃。…そしてお前は、ただの女。婚約者のなりそこないよ」
言うなり、拘束具もろともオリヴィアの頬に振り下ろした。
「―――! ガート、るーどぉぉっ」
人々は目を疑う。
国で最も清らかな美を誇った二人が上になり下になり、血だらけで口汚くののしり合い殴り合っている。
これは、まるで男を取り合う下民のいざこざと変わらない。
しかも、彼女たちが争っているのは…。
「…くだらない」
全身に密通の証をまとったまま冷たい瞳で二人を見つめる、アラン・ネルソンなのだ。
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