まがいものの光

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まがいものの光

 エステルがようやく瞳を閉じて大きく息をついたのは、侍女たちが退室してしばらく経ってからの事だった。  静まり返った部屋の中でじっと耳を澄ます。  扉の外には護衛騎士が二人。  今日の当番は確かデイヴとヘンリー。  そして、先ほどはたまたま席を外していた専属侍女筆頭のクララも戻ってきてそばで控えているだろう。  ドレスルームにいた侍女十人は去り、使用人控室でエステルに再び呼び戻されるのを待つ。  おそらくさほど待たされることはないと思いながら、ドレスルームでの出来事について言葉を交わすに違いない。  エステルはまず白い皮で作られたヒールの高い靴からそっと足を抜く。  そして、床に足を下ろした。  しっかりとドレスを掴んでゆっくりと立ち上がり、鏡台から少し離れ、床に屈みこんだ。 「やはり……」  口の中で小さく呟く。  指先でつまんだ豆ほどの大きさの真珠を手のひらに転がして光に当てる。  イミテーションだ。  おそらくここに転がり落ちた真珠全て。  身体の向きを変えて、鏡に顔を近づける。  しげしげと己の顔を見つめた後、鏡台の上に置かれた化粧道具の器の蓋を一つずつ開き、中を覗き込む。  そして今一度鏡に自分を映し、肩と胸元が大きく開いた夜会用のドレスにゆっくりと長い指先を這わせ、その絹地の手触りを確認したのち、いきなり胸元を掴んで下に引いた。  ぴりりっと小さな音がして、胸元の中心の縫い目からドレスは臍まで裂け、下に着こんだコルセットが現れる。  容易く裂けた部分を目視したのち、そのまま静かにさらに左右に開きドレスを脱ぐ。  さらに背後に手を回してコルセットの紐をほどいて外し、装着していた小物をすべて外して脱ぎ捨ての下着姿になった。  裸足でしっかりと確実な歩みでクローゼットに向かい、吊り下げられている未使用の夜会用ドレス数着を一つずつ手に取り胸元の縫い目を軽く引いて糸を確認すると、どれもちぎれたチョーカーそして脱ぎ捨てたドレスと同じ素材の糸が使われている。  履かされていたヒールの高い靴も踵が不自然な音を立てていたこともあわせ、今夜装う予定だったものがことごとく細工されていたということだろう。  手近な場所に用意されていた控えのドレスも靴も装飾品も、何度着替えても同じ結果だったに違いない。  とはいえ。  この段階でチョーカーが崩れるのは予定外だったと思われる。 「―――セオ」  吐息ほどの囁きを手にしたドレスに落とす。 【はい】  かすかな応え。 「この一切を報告して」 【御意】  その一言を耳に残し、気配が遠のいた。  『彼』の能力に関して疑ったことはない。  あとは、己の力で今夜を乗り切るために支度をせねば。  今一度目を閉じて周囲の気配を探った後、エステルは再び歩き出す。  広いクローゼットの奥へと進み、こどもの頃に与えられていた衣装の収められている場所へたどり着き、両手を吊るされたドレスの奥へ差し込む。 「私が、来たわ」  低く語り掛けるとかちりと掛け金の外れる音がした。  ぼんやりとした光がゆっくりとエステルを包み込み、やがて消える。  ドレスルーム及びクローゼットは静寂に包まれ、ぬくもりも香りも薄れはじめたなか、床に転がった真珠たちがまがいものの光をじっとりと放った。
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