ガートルードの遊び

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ガートルードの遊び

「…失礼ながら、どうとお尋ねになられても、私には返答いたしかねます」  軽く首をかしげると肩に着く程度で綺麗に切りそろえられた艶やかな空色の髪がさらりと揺れた。 「オリヴィアの美しさと愛らしさは、誰もが認めるところではありませんか。心ある男なら触れずにいられるわけもない。あの子は愛でられるべき花です。ジュリアン殿下もその一人でしょう?」  不敬としかいいようのない物言いに人々はざわめく。  にこりと全く邪気のない笑みを浮かべるアランには後悔も迷いもない。  右半分を紫のうろこに覆われていることを知っていながら平然としている姿に、一部の人たちは怖れを感じる。 「…そうか。そなたの中で、この現実はさしたる意味もないのだろうな」  王が顎に手をやり、考えるそぶりを見せた。  そして、ハーマンを呼び何事か小声で話し合う。  みな、固唾を飲んで次に何が起こるのか壇上を見守っていた。  やがて、国王が最も信頼している侍従を呼びさらに指示をする。  国王たちの表情がいたって平静でいつもと変わらぬ様子に誰もがほっと胸を撫でおろす。  もうこれ以上、恐ろしいことは起きないに違いないと。  そんな中、内陣に最も近い王族の席に着座していたガートルードはかたかたと震える身体をなんとか止めようと必死になっていた。 「そ、そんな……。そんなことって……」  きめの細かな乳白色の美しい額には汗がにじみ、膝の上で握りしめた手も白く青ざめている。 「あの指輪にそんな……」  ガートルードは幼いころから自分の容姿が美しいことを自認していた。  白百合のような髪とラベンダー色の瞳はこの国においても希少で、真珠のような肌にほんのり薄紅色に色づいた頬と艶やかな唇。  細い鼻筋も頤も耳の形に至るまで完璧だった。  ほんの少し微笑むだけで、使用人たちは吸い寄せられるように床にひれ伏し我先に歓心を買おうとし、親族はもとより道行く民からも聖女のように清らかなオズボーンの姫様と賞賛された。  そしていつのころからか、ちょっと悪い遊びを知る。  まずは家門の者たちや同じ年ごろの女の子の心を『釣り』始めた。  それは反感を持ちなかなか心を開かない者ほど楽しい。  むしろそういう者ほど『釣り上げた』後は面白い程心酔してくる。  容姿に恵まれ、生まれも育ちも何もかも誰もがうらやむ立場でありながら、いやだからこそ『寂しい』と目を伏せ睫毛を震わせるとたいがい堕とせた。  母親がガートルードを産んですぐに亡くなったことも同情を引く良い手段だった。  それからその遊びの対象が異性に移るのにたいして時間はかからなかった。  『貴方だけよ。本当の私を見てくれるのは』  これは魔法の言葉。  面白い程釣れた。  どんな年齢、立場、既婚、未婚、婚約者や恋人がいようが関係ない。  そっと指先に触れることを許すだけで。  じっと見つめるだけで。  どんな男も、時には女たちも、思いのまま。  ガートルードが生まれてまもなく王太子の妃候補に推挙されたが、王太后が国外の王女を娶ることを推し進めた為除外された。  そして第二王子妃に選ばれたのはなんと第三王子とエステルの婚約が発表されて数年の後。  これもまた王太后の肝入りだった。  高位貴族にもかかわらずなぜかなかなか婚約者が決まらなかったガートルードはすでに十三歳となり、これほど待たされた屈辱に身を震わせた。  しかも大嫌いなエステルの方が先に王族との縁談が決まったことが何よりも気に入らない。  だが、王妃に末息子として溺愛されたせいか我が儘で低能な第三王子よりも、見目麗しく知的で人望のある第二王子の方が格段に良いに決まっている。  そう思えば溜飲が下がった。  しかし、第二王子ウォーレンは読めない男だった。  恋人のように優しく甘やかしてくれるが、決して溺れてはいない。  けっしてガートルードの言いなりにはならず、時には線引きされた。  例えば、エステルを貶めようと謀る時などはとくに。  それとなく理由を尋ねると、彼女はあくまでも王族の一人であるからと淡々と返された。  一番大切なのは国と民と王を支える事。  それが第二王子としての役目であり、逸脱することは許されないとも言われた。  その時の若草色の瞳はどこまでも透き通っていて、まるでガラス玉を見ているようだった。  理性的過ぎるところが気に入らない。  このガートルード・オズボーンに溺れない男なんて。  そんな不満が一時は品行方正を目指したガートルードをより危険な遊びへと引き戻す。  同好の友が出来ればなおさらのこと。  親友と、そして……。  ガートルードに秘密の人脈が張り巡らされていく。  楽しかった。  何もかも思い通りに事が進み、笑いが止まらない。  ガートルードは無邪気に遊び続ける。  まさか、今、このような場に震えて座ることになろうとは思わずに。
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