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井上と堤と俺の三人でつるみ始めたのは、中学三年の夏の終わり頃からだった。
放課後に通りがかった閉鎖予定の美術室の前で人の気配を感じて中に入ると、こそこそと8mmフィルムをいじる二人と出くわした。
話を聞くと、もともと井上が極度のシネフィルで(映画好きな俺でさえ、時々何の話してるのか分からない時がある)実家にフィルムの編集機材がある堤がそれに付き合ってるという感じだったらしい。
かねてから腐れ縁だった二人の輪に、奇しくも俺が加わる形となった。
8mmフィルムは廃校になった専門学校が取り壊されることになったとき、一部の機材と一緒に堤の兄貴が引き取ったそうだ。
引き取った物の中に、手書きの絵コンテが一枚だけ入っていた。
お世辞にも上手いとは言えない絵で、海辺に並んで座る男二人の後ろ姿が描かれていた。
「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」
美術室の片隅で、急に呪文のように英単語を口にしはじめた井上の方を見て、俺と堤はぽかんと口を開けた。
「昔あったドイツの映画だよ、しらねぇの」
「いや、知らない……堤は知ってる?」
「ううん。お前が知らないなら、俺が知ってるわけないじゃん」
いかにも感慨深そうな面持ちで、井上は手に持った絵コンテを眺めながら言う。
「『天国ではみんな、海の話をしてる』って噂を聞いて、死ぬ前に海を見に行くって話だよ。俺、最後のシーンで超泣いたもん」
堤と俺で「へぇー」の合唱になると、井上はしらっとした目でこちらを見てくる。
「カルト映画の名作だぞ。あー、俺ソフトで持ってないんだよな」
「観てみたかったな」
「俺も」
腕時計型の携帯の画面で検索をかけると井上は眉間に皺を寄せた。
「だめだ、だいぶ昔に廃盤になってるわ」
「娯楽品の取り締まりも厳しくなってきてるしね」
「……この絵コンテって、誰かがその映画観て描いたってことだよな」
「そうだな。裕太並みの映画オタクが」
堤がそう言って、隣にいる井上を指差す。
俺はぼんやりと下手くそな絵を眺めていたが、気付けば考えるより先に口を開いてた。
「絵コンテはあるんだし、俺らで撮ってみれば良いんじゃね」
井上が俺の言葉を聞いた途端に腹を抱えて笑い出す。
「なんでそういう発想になるわけ、マジでお前ウケる」
ひいひい言いながら涙目で笑う井上の肩をいきなり堤が掴む。
「面白そうじゃん」
「……は?」
「やってみようよ」
それが全ての始まりだった。
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