chapter 1.

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chapter 1.

 黒めがちな大きな目と、ぽってりとした厚い唇、思わず触れてみたくなるふんわりとした茶色い髪。  目の前でなにか言いたげに下唇を噛む仕草をする峰川さんの顔を、俺はあらためてまじまじと見た。 「今日の放課後、体育館裏に来てほしいの」  耳を赤く染めてそう言う彼女を見て、俺の背後にいた井上が「おい、マジかよ」と漏らした。  これは、間違いない。  絶対に告られるやつだ。  指先がびりびりと痺れるような感覚がしている。  俺はじっと、彼女の厚い唇がふたたび開かれるのを、この体育館裏で今か今かと待っていた。  なんて返事したらカッコいいと思う?という俺の問いかけに「知らねぇよ」と井上に素気なく返されて、現代文の授業中ずっと頭を悩ませてた。  やっぱここは「俺もずっと峰川さんのこと、好きだった」かな。  いや、それよりは「俺もずっと峰川さんのこと、いいなと思ってた」くらいのほうがいいかな。  いやいや、それよりいっそ「俺も」の一言だけのほうが寡黙な男っぽくて良くないか。  視線の先で、そっと彼女の唇が開かれる。 「……小田桐君のお祖父様って、昔アイドルだったんだよね?」 「おっ、俺もっ!」  峰川さんが言い終わる前に喋り出してから、俺はようやく違和感に気付いた。 ……じいちゃん?今、じいちゃんのこと聞かれた? 「うん……? ごめん、え、なんて言ったの?」 「小田桐君のお祖父様」  そう言うと、峰川さんは肩から提げてる鞄からなにか取り出した。 「あのね、これにサイン……貰ってほしいんだ」  ぽかんとした顔で彼女の手元を覗き込む。  なにか透明な薄っぺらいケースの中に写真が入っていた。  そこに写っているのは、煌びやかな衣装を着てはにかんだように笑ってる男性の姿だった。  自分と瓜二つの顔をしていて、ぎょっとする。  親戚縁者で集まると決まって「お祖父ちゃんの若い頃にそっくり」と言われていたが、まさかここまで似てるとは。 「私ね、令和の時代のアイドルが大好きで……しかも修司が推しなの」 「……おし…?」 「特に好きって意味」  じいちゃんのことが好きって……なんだよそれ、そんなんアリかよ!  放心状態になっている俺の手を華奢な白い手が包み込んで写真が俺の手の中に収まる。 「いや、別にいいけど……でも、顔は俺とおんなじだよ?……ど、どうっすか」  俺の手を両手で包み込んだ状態のまま、ふっと峰川さんが俺の顔を上目遣いで見上げる。  あ、やばい、超かわいいんだけど。 「たしかに似てるけど、そういう事じゃないんだ。マジで推ししか勝たん」 「か、かたん……?」 「だから、ごめんね」  ぱっと手を離して、彼女は深々と頭を下げた。  なんだかよく分からない流れで見事に玉砕して、俺の口から自然と乾いた笑い声が漏れる。 「いいよ全然、ほんと……サインだよね、わかった」  赤く染まった頬に両手をあてて、彼女は照れくさそうに笑ってみせる。 「ありがとう、小田桐君」  好きな人のとびきりの笑顔を前にしても、ちっとも気分が晴れない。  お願いします、と言い残して彼女はそそくさと踵を返して行った。  この手の中で、自分と全く同じ顔の男が憎いほどキラキラした笑顔を浮かべてる。  じいちゃんに、負けた。
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