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いつだって、ケーキにナイフを刺す瞬間っていうのは緊張するものだ。バースデーケーキを切る瞬間然り、ウエディングケーキ入刀然り。
金持ちも認める高級なケーキをできるだけ倒さないように刺すというのもまた然り。そこには集中力がいる。
だからこそ、別の場所―――、例えば口なんざに使う注意力と筋力は右手の指先にすべて費やすのが人類としての本質。
つまり何が言いたいか。
「ふへ、ふへへへへっふへ」
俺はこういうとき口が緩んじゃうタイプなんだってことですよ!!
「気持ちワリィな。」
顔をしかめ、少し俺から離れる生徒会長。
「榊くん……?」
救急車呼びます?と119番片手に近寄ってくる副会長。
「うーわ、俺への優しさが足りねぇ。多少奇声を発したくらいで何をそんなに顔しかめるんだ。こーゆーのがいじめに発展しちまうんですよ生徒会様ァ゙。」
だから優しく。しろ。
そんな俺からの切実なメッセージに会長はもっと顔をしかめ、副会長様は微笑んだ。
「いやいや榊くん。いいこにはこのチーズケーキを一口あげたりあげなかったりしちゃいます。」
「わぁあ副会長様やっさしぃい!!マジ美人神世界一麗しい!!」
「はい、あーん。」
「まじか。」
この場合のあーんとは、俺が思っているあーんでいいのだろうか。
あの、親鳥が運んできた食物をヒナたちがくらい尽くすときのポーズ。または、クリスマスに互いの寂しさを補い合うために集結せし悲しき男女がクリスマスチキンを食べさせ合うあれ。
あ、ちなみに二人は俺がチョコケーキ取ったあとに争奪戦を繰り広げ、無事会長がカレーパンをゲットし、千歳さんはチーズケーキを選んだよ。
「早くしてください。」
急かされ、焦った俺は何も考えずに口を開けた。
「は、はい、あー、むぐっ……うんまッ!!!!!!!!!!」
突っ込まれた。
ムードもかけらもなく。
そんなに勢いよくぶっ込んだらのどちんこが死にそうになるでしょうがやめろ。
でも、そんな文句をぶち飛ばす味が、確かにそこにはあった。
「ふふん。そうでしょうともそうでしょうとも。」
え、待って馬鹿うまい何だこのケーキ。いやこれはケーキなのか。もはやケーキとは呼べないんじゃないのかこれは。どっしりさっくりとしたボトム、ふわりと軽くしっとりとした純白のクリームチーズはまるで妖精が紡いだかのような繊細さ。
千歳さんなんであなたがドヤるのとか言うツッコミを入れる余裕がないほどの美味しさがそこにはあった。
それはきっと、神の与えしケーキだった。
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