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スーパーの入口のガラス戸を雨粒が叩いた。夕飯の材料を買いに来た主婦で店内が賑わいつつある中、俺と彼女はお菓子売り場に来ている。棚には飴以外にも煎餅やスナック菓子、チョコレートなど色んなお菓子が並んでいた。飴だけでも種類が豊富である。その中からべっこう飴の袋を見つけ彼女に見せた。
「ほら、いっぱい入ってるだろ」
透けた金色のべっこう飴が小分け袋に入っている。彼女はまた驚いたように目を見開いたが、笑顔にはならない。食べないと変わらないのか。
「他の味も選んでいいぞ。これは果物、こっちはソーダとかコーラ、そっちはコーヒーとか」
飴の袋を指差しながら説明していった。彼女は興味を持って聞いてそうだったが、相変わらず無表情である。他のことも聞いてみるか。
「名前なんて言うの?」
「私は竹藪の中にいたので……」
かぐや姫だ。心の中でクイズ番組のように答える。しかし、
「竹子です」
と言われ、拍子抜けすると同時に一瞬笑いそうになった。桃太郎と同じ理屈か。なんというご両親なんだ。俺は一度そっぽを息をついたあと、再び彼女を見る。
「そうなんだ。今日はもともと商店街に来ていたんだ」
「家出してきたんです」
その言葉に今度は言葉が出なくなった。
「ちなみに、理由を聞いても?」
「私は月の都に住む民でした。しかし、私は罪を犯し、その罰を受けるために地球へ送られたのです」
まさに物語の通りである。このあと、何を言うか分かっていたつもりだったが、淡々と語る彼女に頷いた。
「私は罰を受けるつもりでした。でも、もう耐えられない。だから、帰りたいんです」
声に力が入る。こんな物語だったっけ。想定とは少し違う展開になんて返すべきか分からなかった。そんな戸惑いに彼女は気づいてしまう。
「ごめんなさい。お付き合いするお約束だったのにこんなことを言ってしまって」
また、淡々とした口振りになる。嫌な思いしているのに顔には見せずに我慢しているなんて……。
「気なんか使うなよ。まだ子供だろ。帰りたいならそう言えよ」
彼女とは反対に荒い口調で言ってしまった。しかし、彼女は表情変えないまま、でも、と呟く。
「お金を持っていないんです」
俯きがちに話す彼女は悲しそうだった。俺はいくつか飴の袋を選び、買い物カゴに入れる。
「俺が出すよ。この飴も全部」
レジへ向かおうとすると、彼女が俺の腕を掴んで引きとめようとする。
「初めて会った人にそれはお願いできません」
彼女の言い分に頷く。しかし、俺は彼女の手をほどいた。
「でも、帰りたいんだろ」
その言葉に彼女は言い淀んだ。俺はレジで会計を済まし、彼女の手を引く。
「だったら、俺のことなんか気にしないで我が儘言ってくれよ」
「……よろしくお願いいたします」
竹子が戸惑いながらも一瞬、微笑んだように見えた。よかった、また笑ってくれて。俺も胸を撫でおろすと同時に力が沸き上がる。
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