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「よし、やるぞ。しかし、月にはどうやって帰るんだ」
「今日の月が登り始めるとき、海にそこへの道が開かれるのです」
お伽噺のような説明だったが、それ以上に海へ出るには県を越えないと行けない。足りるか……。でも、彼女を連れていかないと。俺は彼女の手を引き、駅へ向かった。
駅の改札を抜け階段を上ると、多くの人が並んで電車を待っていた。駅から上りは妙に混んでいる。サーマンに交じり家族連れやカップルも立っている。俺と彼女も列に並ぶと、カップルみたいで照れくさい。でも、竹子さんは中学生だ。俺は両手で自分の顔を叩く。
「どうしたんですか」
「いや、眠気覚まし。気にしないで」
覗きこんできた彼女に首を振った。電車が到着しドアが開くと、後ろから押されるように乗り込む。反対側ドアまで押し込まれ、竹子の目の前に俺が立つ形になった。体が触れることがないように後ろから押し込まれるのに対して踏ん張る。ドアが閉まり電車は出発した。雨と人々で湿気が籠り、無意識に顔が歪む。別のことを意識しないと……。
「家出ってことは、どこかに住んでいたってことだろ? 何かあったのか」
俺が訊くと竹子さんはしばらく口ごもったあと、話し始めた。
「私はとあるおじいさまとおばあさまが見つけてくださり、一緒に暮らしていました。それと同時によく土地で金塊が見つかるようになり、おじいさまとおばあさまにとても裕福になりました」
金塊という言葉に自分も嫌な予感がした。
「でも、急に変わったことで町の人々が金塊や私の存在に気づき、色んな手を使って金塊を奪い、私を引き取ろうとしました。私は人間が恐ろしくなり逃げ出してきたのです」
また彼女が俯く。その姿に俺は察する。そんなことされたら、帰りたくなるよな。でも……。
電車は幾度となく大きく揺れる。竹子さんが他の乗客とぶつからないようにかばった。そのとき、小太りの男性に肩がぶつかってしまう。小太りの男は大袈裟に倒れこんだ。転がる姿は達磨のようである。さらに男は何人かとぶつかった。俺、そんなに押したわけじゃないのに。しばらくして、小太りの男が怒鳴りながら起き上がってくる。
「てめぇ、何突飛ばしてんだよ」
「いや、俺と肩がぶつかっただけです」
車両の中に緊張感が走った。俺の後ろにいる竹子さんが僅かに震えている。こんなところで揉めている場合じゃない。
「なんだと。さっきから彼女とイチャイチャして周りが見えてなかったんだろ」
無駄に被害を大きくしたお前が言うな。今にも声を上げそうになる。落ち着け。俺も感情的になったら、このデブのおっさんと一緒だぞ。沸騰しそうな心を押さえようとしていると、竹子さんが服の裾を引っ張り指差した。その先はドアの上にある電光掲示板で乗り換える駅が表示されている。すぐにドアが開き、人々が降りていく。
「すみません、以後気をつけてます」
俺は竹子さんの手を引き、降りていった。小太りの怒鳴り声が響いたが、周りの視線は冷たい。電車が走り出したあと、ホームにある空いたベンチに腰をかける。
「なんだよ、あのおっさん。わざと大袈裟に転んだくせに」
悪態をつく俺を竹子さんが眺めていた。なんか一人で怒ってるみたいで恥ずかしくなる。すると、彼女はポケットからべっこう飴を取り出した。
「怒っているよりも笑っていた方がいいです」
彼女なりの気遣いに申し訳なくなる。飴を受け取り口に入れた。しかし、ホントあのおっさんムカつく。怒りのあまり、べっこう飴を噛み砕いた。すると、竹子さんがもう一つ手渡そうとする。
「いや、一つで十分だよ」
「せっかく美味しいのに噛み砕くなんて。まだ怒っているのでしょ」
世話の焼き方が可愛らしい俺は笑ってしまった。それを彼女は不思議そうに小首を傾げた。
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