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 しばらく、電車に揺られていると景色の変わる速さが急激に遅くなった。なんだろう。電車のアナウンスに耳を澄ませる。そのアナウンスは事故の影響で止まっていると告げた。そんな、と言葉を漏らすと同時に混んだ車内がざわつき始める。まもなく、電車は近くの駅に停車した。ドアが開くと人が外へとなだれ込む。しかし、ほとんどは駅のホームで立ち往生していた。電光掲示板も行先だけで時間は表示されていない。俺がふと彼女の顔を見ると、顔に影がかかり暗く沈んだ顔をしているように見える。 「大丈夫か」 「私は大丈夫です。ここまで連れてきてくれてありがとうございます」  俺に気にしてほしくないのか、不得意そうに作った笑みに胸が痛む。こんなの放っておけるわけないだろ。  俺は彼女の手を引き、改札機を抜けていった。駅前は弱まったものの依然雨が降り続けている。 「どこへ行くんですか」 「電車以外で行ける方法を探す」  竹子さんを連れ、バスロータリーを歩きまわる。雨のせいかバスやタクシーに並ぶ人が多い。それ以前に持っていた金は使いきっている。安請け合いしたツケが今にもなって回ってきたのだ。水色の建物である駅が遠くなっていくところまで来た。見回していると、一台の自転車が倒れている。もたれかかっていた看板には駐輪禁止区域の文字が書かれていた。俺は自転車の後輪部分を確認する。鍵もかかっていない。 「それ使っていいんですか」 「禁止の目の前に置く奴が悪いんだよ」  俺は悪戯っぽく笑った。彼女を乗せる前にコンビニに寄り、レインコートを買う。袋を開けると、それを竹子さんに渡した。 「濡れたら風邪ひくから」  竹子さんはレインコートを着ると荷台に跨る。それを確認し、俺は自転車を漕ぎ、駅を出発した。人がほとんどいない商店街を自転車で走り抜けていく。その頃には俺の顔も服も水が滴るくらい濡れていた。雨で視界が遮られるのを拭いながら前へ進んでいく。  車しか走っていない車道の脇を漕いでいくと橋が見えた。その前は緩い坂になっており、徐々に踏んでいたペダルが重くなる。俺は立ち上がり、力をいれるように漕いだ。橋の上は強風も相まって、車体が大きく揺れる。やっぱり駄目なのか。ふらついたその時、背中に後ろに座っていた竹子さんがよりかかり、話したことや表情がフラッシュバックする。  彼女のために……。一度自転車を止めると両手で顔を叩いた。気を引き締め、また力強くペダルを踏んでいく。そして、俺と竹子さんを乗せた自転車は川の上にある橋を越えていった。しばらくして、雨が止み始めている。 「雨、止んできたぞ」  竹子さんに声をかけるが、返事はない。一瞬振り替えると目が虚ろになりかけている彼女がいた。座っているだけとはいえど、ずっと濡れっぱなしにするのは不味かった。俺は自転車を止めて下りる。 「どうしたんですか」 「疲れただろ。少しだけ休憩しよ」  俺は彼女のレインコートを脱がし、ポケットの中に入っている飴を一つ渡した。俺も一つ食べていると、 「あの、大丈夫ですよ。私、まだ乗っていても」 「顔色悪くなってるぞ。別に嘘つかなくてもいいんだそ」  自分ではフランクに話したつもりだった。でも、彼女の目線は落ち込んだように下がる。 「ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。ただ、その……俺が疲れていたんだ。だから、休憩したかっただけ」 「いえ、嘘ついていました。ごめんなさい。でも」  謝った彼女が顔を上げる。 「あなたとなら、頑張れそうな気がしたので」  竹子さんの微笑みに胸の中が熱くなった。エンジンがついたようである。 「よし、俺も頑張るぞ」  俺は調子づいたように拳を高くあげた。 
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