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駐輪場で、麦は僕に、自転車の鍵はリュックの外ポケットに入れた方がいいよ、と言ってくれた。
鍵の在り方が分からなくなると、いつも麦が教えてくれた。
麦はよく覚えているのだ。
確か、ズボンの後ろのポケットに入れていたよ、とか。
コートのポケットじゃないかな、とか。
ここに帰ってくるとき、麦はもう、一緒にいない。
僕たちはいつもの電車に乗り、モノレールに乗り換えた。
いつものように、僕は麦の左手を握っていた。
ふたりで眠るときも、麦は僕の右側に寝ていた。
僕のベッドはふたりで眠るには狭かったので、麦はベッドと壁の隙間に身を寄せていた。
昨夜も抱き合った。
僕たちは引き延ばされた袋小路のような3月を、抱き合って過ごした。
喧嘩などしなかった。
僕たちの関係は、これまでずっと穏やかだった。
地方都市の大学。
二年生の春に、麦と、初めてキスをした。
麦の未成熟な固い乳房と薄い身体。
飽くことなく、唇を這わせた。
ごっこ遊びみたいな、僕のアパートでの毎日。
麦は自分のワンルームマンションより、僕のアパートを好んだ。
アパートの裏にやってくる猫を可愛がっていた。
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