おふくろの味?

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 まさかまさか、この岬が。わたしのためにこんな、心ある行動を取ることがあるなんて。驚きすぎて、喜ぶより先に思考停止しちゃいましたよ。  そして、これでわたしも勤続十年のベテランなものでして。 「申し訳ありませんが、お客様。当店ではシチューの材料、揃わないんですよ」  要求に応えられないのが残念すぎるけど、正確な事実をお伝えする。 「スーパーマーケットっつうのはそのための場所じゃねぇのか?」  世間知らずの岬君は、純粋な思いで首を傾げる。いつになく、外見相応の幼さを感じる表情でそれを言うから、わたしも胸の奥底だけでときめいてしまう。 「もっと規模の大きなスーパーならそうなんでしょうけど、うちはミニスーパーなもので……。まず、じゃがいもが売ってないのよね……」  シチューに必要な最低限の具材といえば、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、お好みの肉、シチューのルウ。ってところでしょうが、じゃがいもがないし、欲を言えばお肉だって、どうせ作るならもっと大きなスーパーでもっと質と量のあるものを買って欲しい。自分の勤め先の売り上げに貢献することを優先出来ないダメ店員で申し訳ないんだけどね。 「せっかく来てくれたのに悪いけど、先にわたしの家に帰って待ってて。後で一緒に、うちの近くのスーパー行きましょ」 「用事がすぐに片付かねぇのはめんどくせぇが、そうする」  ごめんなさいね、用事が片付かないようなお店で。これでも、ミニスーパーを求める客層にとっては「何でも揃うお店」の基準を満たしているわけだから、こういう事態もあるけど成り立っているのよ。  そも、岬は日中出歩くのは好まない吸血鬼。素直にわたしの家に帰って、暗くなるまで寝ておくことにしたみたい。  約束通り、家に帰って、でも岬が元気になる日没までわたしも仮眠して、立ち仕事の疲れを癒して。お互いに元気になってから家の近くの大型スーパーへ向かった。好きな彼と一緒にスーパーで夕食の材料選びなんて、女の子にとって夢のひと時よね。  材料を揃えて、台所で並べて、そこで岬は気が付いた。 「具材の切り方がわからねぇ」  十三歳からこっち、固形物での食事を一切必要としない人生だったのだから、こっち方面の無知をとても責められない。その晩はシチュー作りを諦めて、わたしはいつも通りひとりの夕食をありあわせのもので済ませる。  翌日、わたしの勤務中に岬は図書館へ行き、野菜の切り方を調べてきた。超初心者向け料理本にすらそこまでの基礎知識はなかなか書いていないので、逆に「最も美味しく調理するための食材の切り方」みたいな少し玄人向けの本を読んできたらしい。
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