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「三日連続で昼に歩いて疲れたぞ。血をよこせ」
「は~い、どうぞ~」
せっかくわたしのために料理してくれるっていうのに、その直前にこれだからちょっと肩すかしだけど、今回ばかりはわたしも快く血を差し上げましたとも。
岬は世間知らずだけど頭の回転は速い方だと思う。学習したらすぐ習得して、野菜やお肉を切って炒めて、シチューを作る過程はお料理初経験とは思えないような手際の良さだった。ジャンルは違えど、百年間も、たったひとりでこの険しい世界を生き抜いてきたんだもんね……。
わたしもひとり暮らしが長くって、全く自炊しないわけじゃないんだけど……食べるのが自分だけって思うとなかなか頑張って手の込んだ料理をしようって思えなくて。シチューなんてめったに作らない。ファミレスで食べたのが最後だったような気がするし、自分で作ったのがいつだったかなんて覚えてもいない。
寝る場所兼居間、台所件食事場所のふた部屋しかない安アパート。テーブルに肘をつきながら、小さな台所で料理する岬の背中を眺め、包丁がまな板を叩く心地よい音に聞き入っている。
シチュエーション的に男女逆では? って気もするけど、彼が私に手料理を求める機会なんか一生訪れそうにないからこれでいいのだ。なんて思いながら、胸の真ん中がじっくり熱くなるのを感じていた。
完成したシチューをスープ皿によそって、岬がこちらを振り返った。
「……食う前から泣く奴があるか」
せっかく作ってくれたのに。こんなこと、今後一度だってあるかもわからないのに。シチューの味だけじゃなく涙と鼻水の味も混ざっちゃって、ごっちゃごちゃだった。
でも、確かにわかる。わたしのためだけに作ってくれた、甘くてあたたかな家庭料理の味だって。
テーブルの向かい側から、いつも通りに岬は無表情でわたしを見ている。こんな時くらい、もっと、顔に感情出してくれてもいいのに。たとえそれが、恩着せがましげな達成感だとしたって構わないから。
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