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血も涙もない男
ロマンチックの欠片もない状況だけど、ずっと好きだった人とのファーストキス。その歓喜と、単純に滲みる傷口が痛すぎて、わたしは涙を流しながらそれを味わっていた。
すると、不意に岬が顔を離して。わたしの目元をぺろりと舐めて、涙のひと雫を舌に拾い上げていた。
「何してんの?」
「どんな味してんのか、気になって」
「どんな味だった?」
「さぁ……よくわかんねぇ」
血も涙もない男、って言葉が、岬にはよく似合う。おそらく、普通に人間の子供だった百年以上も前にだって、悲しくてとか嬉しくて泣いたことなんかないんじゃないかな。涙の味を知らないとか、わからないとか、納得過ぎる。
「ねえ、せっかく明日はクリスマスだし、わたしも仕事休みだし。デートしてよ。腕でも組んで、街を歩いて」
「嫌だ」
「なんでよぉ~」
「こんな寒い季節にオレとひっついたら、おまえが凍えそうだから。嫌だ」
いつもと変わらない無表情の中に初めて、わたしへの気遣いが見えたような気がした。ううん……もしかしたら、今までだってずっと表れていたのに、私が気付けていなかっただけなのかもしれない。
「凍えたっていいから、そうしたいのよ」
ついでだから、これからは同じ家に暮らそうよ。家賃だって折半したらお互いに楽になるし。冷えっ冷えの体だっていいから、同じ布団で眠ってよ。
両想いになったからって調子に乗って、今まで思ってたあれこれをぶつけてみたんだけど。
「おまえが望むんなら、そうしてやってもいいぜ」
こんなに話が早いなら、本当、もっと早く言っておけば良かったなぁ。何年も我慢して、時間を浪費しちゃったじゃない。
とりあえず、その日はひとりサイズの布団にふたりで入り込んで眠った。わたしは十五歳、岬は十三歳の体だから、小さな布団だってそんなに窮屈を感じずに済む。
子供の姿を選んだばっかりに、働いても働いてもなかなか豊かに暮らせないわたし達。だけど、小さな体にだって確かに、幸せを感じられる場面はあるみたい。
翌朝、食べ忘れていたカップケーキを食べた。要冷蔵だけど暖房もつけていない冬の室温だから、ギリギリ傷んではいないと思う。立派なホールケーキじゃないけれど、ちゃんとサンタとトナカイを模した、わたしにとってのクリスマスケーキ。
スプーンですくってご機嫌に味わっていたのだけど、昨夜の傷口に滲みて痛くって、あんまり味がわからなかった。別にいいけどね。わたしと岬の、これからのながぁ~い人生、何度も訪れるクリスマス。絶対に忘れない、最初の一回目の思い出としてはなかなか味があるって思わない?
それから数日間は唇の傷が腫れて痛かったし、何かを食べている時もその腫れた場所を噛みやすくなったしで散々だった。二度とこんな傷はごめんだわって思うけど、困ったことにこうやって傷をつけないと、わたしは好きな人からキスすらしてもらえないんだ。本当に厄介な暴君を好きになってしまったものよね、って、溜息が出てしまうのでした。
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