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藤崎貴子の危うい日常
わたし、藤崎貴子は十五歳になってアルバイトが出来るようになってからこの十年間、ごく平凡なミニスーパーで働いている。それはわたしにとっては利点だらけの就労先だったからだ。
人間の営みというのは生まれてから死ぬまで、衣食住を保つために行動し続けなければならない。自分で家計を回さなければならない年齢になったなら、同じ職場に通って毎日同じ仕事をする。その仕事に飽きて転職するまでは。
それを幸いとするべきなのかはともかく、結果的にわたしはその仕事に飽きてないから続いてるし、仮に飽きたとしても諸々の事情によってなかなか転職は難しい。
この仕事の良いところのひとつ。季節によって入荷する食品が違うから、同じ仕事をしていてもちょっとした変化を感じられることだ。残念ながらほぼ無趣味のわたしにとって、スイーツを食べてまったりするのは唯一に近い癒しのひと時だった。
世間はハロウィンシーズンで、デザートコーナーの定番商品の二個入りシュークリームも、味は同じでも季節限定でハロウィン用のカボチャとゴーストの装飾が施されている。こういうささいな変化ってなんだか癒されてしまって、勤務時間を終えたわたしは思わずそのシュークリームを社割でお買い上げしてお持ち帰りしちゃうのだった。
ひとり暮らしの安アパートの二階の部屋で、おいしい時間をひとりじめ! そんなうきうきプランを浮かべながら帰ったのだけど……。
「よお。帰ったな」
女の留守宅に当たり前のように上がり込んで、明かりもつけずカーテンも開けず。真っ暗闇の中で出迎えたのは、わたしにとってはすっかりおなじみの彼。
下品なことこの上ないけど、「クソガキ」って言葉を体現しているとしか思えない、最低最悪の暴君。見た目は十三歳のかわいらしい少年なんだけどね。そのあま~いフェイスで一体、幾人の男女をたぶらかしてきたことやら。
「さっそくだが、いつものだ。世界一美味いおまえの血をいただきに来たぜ」
わたしがそれを断る可能性なんて、これっぽっちも考えていない。確固とした要求。
せっかく、お持ち帰りしたシュークリームはふたつあるのに、こいつ……岬は液体しか口にしない。おいしいスイーツをひとりじめ、ってプラン自体の変更はない。
自分が甘味を楽しむのが先か、こいつに血を吸わせるのが先か……。
考えた末、わたしは差し出した。自分の腕を、長袖の白いシャツを肩口まで捲りあげて。
そう。こんな絵に描いたようなクソガキの暴君でも、残念ながらわたしはこいつに惚れてしまっているから。求めているのなら、自分を差し置いても先にあげたくなっちゃう。母親が、自分を後回しに我が子のお腹を満たしてあげたいって思うのと同じように。
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