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第一部 靴ひもは自分でむすぶ
一
きょうは一日中曇りだった。そのせいだろうか、音が雲にはねかえってくるようだ。花火はチーバランドだろう。いつものパレード。海を越え、この島に届く頃にはかすかでゆがんでいるが、たしかに花火だった。
ウォーデがうなっている。ずっと。
「うるさいよ」
ささやくような声で注意した。
「すまんな。まだ調整がうまくいかねぇんだ」
「ぜんぶひろうのか」
かわいそうに。聴覚強化はいいが、取捨選択がうまくいっていない。すべての音がはっきりくっきり聞こえるのだろう。
「ほら」
ヘッドフォンをほうってやった。遮音性の高いやつ。ノーマル人間用だがないよりましだろう。
「ありがと。仕事にはまにあわせる」
あちこちひねりながらなんとかあてがったが、ぴんとオオカミ耳がはみ出ていた。
「ファーリーとビクタはあとから来るって」
小声で教えた。
「そりゃ用心深いこったな」
毛むくじゃらの腕を枕にしてソファに寝転がった。大あくびをすると牙が光った。こいつがいるとせまい部屋がますますせまくなる。これからもう二人来るのにすでにいっぱいだ。
ぴろん、と接近注意報が鳴った。チェックしようとしたが、その前にウォーデがヘッドフォンをすこし持ちあげて様子をうかがい、すぐもどした。なら安心だ。ノックと同時にドアを開けた。
「お元気?」
ファーリーが細身の体をくねらせながら先に入ってきた。ビニール袋を置く。いつもの菓子だった。あとからビクタの巨体がどたどた。無言でそのビニール袋から菓子を出すと、空いた袋をウォーデの耳元で揉んだ。
「ばか、やめろ」
「まだアジャストできてないんか。そんなぽんこつイヤーもぎとってやろ」
ウォーデがうなった。それを受けてビクタの肩の培養筋がもりあがる。ファーリーはさわぎを無視して上着を脱いだ。外側は光吸収黒で裏地は真紅だった。
ぼくは手をたたく。
「お菓子とおふざけは後。ちゃんと計画練ってから」
「聞こえただろ。坊っちゃんを怒らせるんじゃない。おとなしく座んな」
ファーリーに怒られて二人ともしゅんとした。ビクタが菓子を開けようとして手をはたかれた。
「後だって坊っちゃんが言ったとこだろ」
「あのさ、やめてくんない、それ」と口をはさむ。
「いいや。坊っちゃんは坊っちゃんさ。あたしらにとっちゃね」
そういうファーリーに二人とも微笑んだ。ぼくは言い争うのをやめてモニタに地図を映した。ぼくらのなわばりのなかに点がうたれていく。
「これがここ一か月ほどの状況。食い荒らされてる」
「なめられたもんだな」とウォーデ。
「わかってたけど、イットメイクスミーアングリー」ビクタの肩がまたもりあがった。
ファーリーは黙っている。頭の中はわかる。坊っちゃんは甘いから、だろう。ほかの二人もおなじようなものだ。ぼくはたしかに甘かった。
「みんなの考えはわかる。でもぼくは自警団を組織するつもり。あきらめないよ」
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