どうってことない

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 MAMK企画のオフィスで久幸が電話で話をしている。 「もっと、田舎の素朴さとか、哀愁を感じるものにしてほしいんです。そう、見た瞬間に感傷的になってしまうような。だからって、寂しい秋の絵にしてくれって言っているわけじゃないです。そこはあなたの腕の見せ所でしょう」  久幸は相手の話を聞く。 「はい。じゃ、そんな感じでお願いします。今回の企画はどこも突拍子もないアイデアは出してこないと思います。大体同じようなテーマになってしまうと思うので、その中で強烈にアピールするものがないとだめなんです。ですから今回はほとんどおたくの絵で決まってしまうかもしれないと思っています」  久幸は机にたくさんある資料やイメージ画をあれこれ見ながら話している。  見たい資料を捜してガサガサした時に、机の端に置いてあったスマホが床に落ちた。  忙しそうに資料を抱えて歩いていた有希がそれを蹴飛ばした。  椅子から立ち上がり、一歩踏み出そうとした巨漢の森の足の下にスマホが滑り込む。  パキッと鈍い音がして、有希と森の動きが止まる。 「色々言って申し訳ないですが、よろしくお願いします」  久幸が電話を切ると同時に有希と森が動く。 「うわ!」  森が飛び退く。 「あー!」  有希がスマホへと駆け寄る。  有希はひび割れたスマホを拾い上げて久幸のところに行く。 「先輩、済みません」  久幸は有希からスマホを受け取ると電源を入れてみるが、ひび割れたディスプレーは真っ黒いままだ。 「どうしよう」  有希は泣き出しそうな表情になる。 「いいよ、どうせ他のメーカーのスマホに変えてみようと思っていたところだから」 「私が弁償します」 「よせよ。お前が悪いわけじゃない」 「でも」 「じゃ、今日の飲み会の時に一杯おごってもらうか」  そう言うと、久幸は壊れたスマホを何事もなかったかのようにポケットに放り込んだ。  居酒屋の奥の座敷で、部長の山田をはじめ、久幸、森、松下、有希他数名が酒を飲み、大いに盛り上がっている。  頬を赤く染め、目の座った有希が久幸の隣に座り、くだを巻き始める。 「先輩、さ、もう一杯飲みましょう」 「もうお前におごってもらった分は飲んじまったよ」 「ま、そう言わずに。すみませーん。ハイボールもう一杯お願いしまーす」  有希が大きな声で店員に告げる。 「お前、ちょっと飲み過ぎだぞ。ろれつが回ってない」 「そんなことありません。私は酔っていません。全然平気です」 「はいはい、分かりました」 「今度是非、私を連れていって下さい」 「どこへ?」 「どこでもいいです。あの車で」 「売っちまおうかと思っているんだ、あの車」 「ええー」 「まあ、気に入ってはいるんだけど」 「じゃ、助手席に乗せて下さい」 「ダメ」 「どうしてですか」 「お前、俺とは部下と上司の関係だろ? ダメだろ」 「それ以上の関係になればいいですよね?」  有希は久幸に身を寄せるようにして話し、久幸は反対方向に身を傾けている。  そこに松下がグラス片手にやってきて、無理矢理、久幸と有希の間に身を割り込ませる。 「ちょっと!」  有希が大きな声を出す。 「河口さん、飲んでますか。今日はパーっと飲んで騒ぎましょう」  松下は有希を無視して久幸に話す。 「もう十分に飲んでるよ」 「あなたはあっちに行ってなさい!」 「僕は本当に河口さんのことを尊敬しているんです。今回のことだって、どこからあんなアイデアが出てくるのだろうって感心しました」 「おだてるなよ。こう見えても、人知れず努力しているんだ」 「ちょっとー」  有希がふくれっ面で松下の頭を小突く。 「いてっ」  有希は立ち上がって元いた席に戻っていく。 「何だ、あいつ」  松下は有希の背中を見て言った。
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