どうってことない

5/12
前へ
/12ページ
次へ
 MAMK企画のあるフロアに行くと、数人の男が入り口に立っていて、山田の姿もあった。 「部長!」  久幸に呼ばれて山田が顔を上げた。  久幸は山田の近くに歩み寄る。 「どういうことです?」 「いきなり弁護士に押さえられちまった」 「何で、ですか?」 「うむ。まず社長とは連絡が取れない。社長の家はもぬけの殻らしい。今、森君に見に行ってもらっている」 「夜逃げした?」 「そうらしい」 「でもなぜ? うちは十分な利益が出ていたはずです。同業他社に比べれば、ずっといいはずです」 「資産運用に失敗したらしい」 「危ない投資に手を出していたんですか?」 「いや、それはないと思う」 「だって、よっぽどのことがない限り、こんなことにはならないでしょう?」 「そればかりじゃないんだ。私もさっき知ったのだが、社長は松栄山食品の社長と親しくていたようだ」 「それじゃ」 「資金繰りが苦しいということで、かなり援助をしていたようだし、他で断られた書類に判も押していたらしい」 「じゃ、フードフェスタでうちの企画が採用されたのも」 「それは関係ないと思う。懇意にしていたのはトップ同士で、向こうの社長の鶴の一声で企画が決まるようなものではなかった」  久幸はやりきれない表情でオフィス入り口に掲げられたMAMK企画の看板を見つめる。 「失礼します」  久幸は山田に告げてエレベーターへと歩いていった。  久幸が外に出ると、松下が駆け寄ってきた。 「河口さん、何かわかりました?」 「あまりよくない。はっきりしたことはわからないが、社長とは連絡が取れない」 「どうすればいいんだろう」 「外で待っているようにと言われたのなら、そのうち何か説明があるだろう」 「はい。河口さんはいいですね。何かあって別の会社に移ったとしても、バリバリ仕事できるから」 「バカ言え」 「いざとなったら、彼女のお父さん、大きな会社をやっているんでしょ?」 「お前なあ。あいつとは別れたって言っただろ」 「よりを戻せば」 「ガキの恋愛じゃあるまいし。そんなに簡単にくっ付いたり離れたりできるか」 「すみません」  そこに有希がしくしく泣きながらやってきた。 「せんぱーい」 「ん?」  久幸に抱きついてしゃくりあげる。 「おいおい」 「ぐすん、ぐすん」 「泣くな、落ち着け」 「そうよ、元気出さなきゃ」  有希と一緒にいた同僚の多枝が慰める。 「うえーん」 「おいおい」  久幸は困って、有希の背中を優しく叩く。 「お前はまだ若いし、仕事だってしっかりやれるし、才能だって他の奴よりある。これくらいのことで泣くな」 「ううん、違う、違う」 「それにまだ会社がダメになったと決まったわけじゃない」 「違う。会社なんてどうでもいい」 「ん?」 「うえーん」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加