どうってことない

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 まだ肌寒い空気が澄み渡っている。太陽が顔を出すまでもう少し時間がかかりそうな明け方。  マンションの部屋で久幸は寝ている。  寝返りを打った久幸が鼻をクンクンと動かす。  布団を跳ね除け、起き上がると匂いを嗅ぐ。 「ん?」  外から悲鳴が聞こえてきた。  久幸はベッドから飛び降りてドアへと駆け寄る。  その時、ドアがドンドンと叩かれ、外から怒鳴り声がした。 「火事だ! 起きろ! 起きろ!」  ドアを開けると、中年の男が久幸の姿を確認して隣の部屋に向かった。  廊下には煙が充満している。 「誰かー!」  マンションの住人を起こしている男の反対側を見ると、隣のそのまた隣の部屋の女が半狂乱になって叫んでいる。開け放たれたドアからは煙がもうもうと吹き出している。  久幸は自分の部屋に戻ると、タオルに水を含ませて手にすると再び部屋を出た。  突然、火災報知機が鳴りだした。 「何だ! 今頃」  身を低くして女のところに駆け寄る。 「中に主人と子供がいるんです!」  久幸が覗き込むと、中は煙に包まれて炎も見える。 「どの部屋にいる?」 「右の奥の部屋に」  久幸は頭に濡れたタオルをのせると部屋に飛び込んだ。  目指す部屋にたどり着くと、炎が辺りを覆っていた。 「お母さーん!」  部屋の中央で泣き声がする。  床に女の子を抱きかかえるようにして男が倒れている。  久幸はそこに駆け寄り、女の子を引っ張り出す。 「外にお母さんがいるから、走っていけ!」  女の子は走っていった。 「おい、しっかりしろ!」  久幸は男を揺さぶる。 「ううーん」  男が反応した。  火の粉が降り注いでくる。  久幸は身を低くしたまま男を引きずっていく。 「しっかりしろ!」  久幸も咳き込み、涙が溢れてくる。  男を抱きかかえ、這うようにして部屋の外まで引っ張っていくと、数人の男たちが久幸を手伝い、意識の朦朧となっている男を廊下へと運んだ。  廊下では数人の男女がバケツで水を運んでいる。  その部屋はますます煙を吐き出し、時々チロチロと炎も見えた。 「もう逃げた方がいい!」  久幸は咳き込みながら叫んだ。  廊下にも煙が色濃く充満し始め、皆、咳き込んでいる。  煤だらけになった久幸は自分の部屋に戻った。そこも煙が立ち込めている。  クレジットカードの入った財布を手に取り、部屋を出ようとして机の上の写真立てに気が付き、それを掴むと部屋を出た。  マンションの外に出た久幸が見上げると、六階の部屋から炎が噴き出し、もうもうと煙を上げている。消防車が何台も停まり、はしご車からはしごが伸びていく。  伸ばされたホースが消火栓に繋がれて、潰れたホースを膨らませながら水が勢いよく進んでいった。  久幸は水の柱が何本も炎に向かっていくのをぼんやりと見ていた。  久幸の部屋もガラスが割れ、炎に染まっている。
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