どうってことない

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 消防車が次々と撤収していく。辺り一面、水浸しだ。  マンション外壁は黒く焦げた跡が痛々しい。  焼けたのは三部屋だった。  久幸の部屋も真っ黒に焼け焦げている。おまけにそこも水浸しだ。  汚れたパジャマ姿の久幸は、呆然と部屋の中を見ている。  人混みをかき分けて松下と有希が来た。 「河口さん」 「よう」 「大丈夫ですか?」 「このざまだ」  久幸はひどい状況の自分の部屋を示した。 「怪我はありませんか」 「大丈夫だ。頭の毛がチリチリしたくらい」 「みんな焼けちゃいましたね」  松下は部屋を覗きこんで言った。 「みんな焼けちまった。これが今の俺の全てだ」  久幸はポケットから財布と写真立てを出して見せる。 「今晩はどうするんですか?」 「これじゃ、ここに泊まるわけにはいかないな」 「あの、汚い所ですけれど、僕の部屋でよかったら」 「綺麗なところでよければ私の部屋へどうぞ」  松下の隣にいた有希が口を挟んだ。 「今のは冗談だよな」  久幸が言った。  有希が松下をちらりと見る。 「冗談です。いつも癖で、つい」 「泊めてもらうところは森に頼んだ。最近、あいつのところに行っていないから、ものすごい部屋になっていたらキャンセルしてくるから、松下、頼む」 「はい」  そこに森が大きな袋を持て現れる。 「大変なことになっちまったな」 「悪いな」 「取りあえず一通り揃えてきた」  森は袋からシャツやズボンを出して見せる。 「俺の趣味で買ってきたから、あんたの趣味には合わないだろうけど」 「とんでもない。恩にきるよ」  久幸は森から派手な柄のシャツを受け取り、まじまじと眺める。  松下と有希は森のセンスを疑う驚きの眼差しで、そんな久幸を見つめた。  雨がしとしと降っている。  久幸はわざと似合わない組み合わせを選んだとしか思えないシャツとズボンを身に付けて、窓の外の湿った景色を眺めていた。  部屋の外からは電話をしている森の声が聞こえてくる。 「だから、それは昨日も言っただろ。そりゃあ、昨日は詳しく話していられる状況じゃなかったから・・・・」  久幸は黙って窓の外を見続ける。  眼下で子供たちが傘をさして集団登校をしている。 「何言ってるんだよ、今さら。だから駄目だって」  森の声がだんだん大きくなってくる。 「お前、本気か? 今までどういうつもりで俺と付き合ってきたんだ? 勝手にしろ!」  電話を切った森が顔を赤らめて部屋に戻ってきた。  久幸は相変わらず窓の外を眺めている。 「悪いが出ていってくれ」  部屋に入るなり森が言った。 「ん?」 「ここから出ていってくれ」
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