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故郷に吹く風は、あの頃と変わらず緑の匂いがする。
山の木々の葉や、土がむき出しになった抜け道の乾いた砂や、遠くで水音を立てる川の匂いを巻き込みながら、ひと気のない雑木林でざくりざくりと穴掘りに勤しむ俺たちの髪を撫でていく。
「全然出て来ねえな。本当にここで合ってんのか?」
「三人ともがここに埋めたはずって言ったんだから、間違いないでしょ。・・・・・・たぶん」
「俺たちの誰にも『ここで正解だ』って確信がねえのが問題だな」
「しょうがないよ。もう十年以上前のことだし」
猛と奏馬の話す声は木漏れ日の隙間に吸い込まれていく。俺はその様子をなんだか懐かしいような、それでいて時の流れが変えたものを改めて実感するような、なんだか不思議な気持ちで眺めた。
三十代も半ばのすっかり大人となり、住む場所さえもまちまちだった俺たち三人が久しぶりに故郷であるこの田舎町に集まったのにはちゃんと理由があった。
大層な事じゃない。高校生だった自分達がここに埋めたあるものを取り出すためだ。
屈めていた身体を起こすと、額を拭っていた猛と目が合った。
「そういやお二人さんはさ、中に何入れてたんだっけ?」
「タイムカプセルにか?」
昔からがたいの良かった猛は、小料理屋という職業柄かまた一段と腹回りを肥やしていて、額の汗を何度もぬぐっている。
「そりゃあそうよ。こんなタイミングでそれ以外に何聞くんだよ」
「高一の時に三人でやった闇鍋の具材」
「それはたしかに気になるけど今聞かねえわ」
俺のツッコミに猛はアハハと豪快に笑った。
「冗談だよ、タイムカプセルな。俺、入れたものは完全に忘れたなあ。絶対覚えてられねえなって思った事は覚えてんだが」
「そういうとこ、猛らしいな」
「涼介、お前笑ってる場合かあ? 誰のせいでこんな暑い中せっせと穴掘ってると思ってんだ」
「猛ちゃんごめんて」
数年ぶりに顔を合わせて最初はぎこちなかった三人の会話も、何度か言葉のボールを投げ合ううちにだんだん空気がほぐれてかつての自分達を取り戻していた。俺たち三人はバラバラな性格をしている割に、なぜか気が合った。
高校生の時からお調子者でそそっかしい俺と、それをいつもフォローしてくれる人当たりが良くて如才ない猛。
それから――
「……僕は覚えてるよ、入れたもの」
奏馬が小さなスコップで黙々と土を掘り返しながら、視線は下に向けたままぽつりと言った。高校生の頃、俺たちの中で誰よりも勉強ができて、繊細な砂糖菓子みたいに触れたら崩れてしまいそうな危うさのあった奏馬は、大人になって研究者になった今もその鋭さを鈍らせてはいないように思えた。
その横顔が言いようもなく切実に見えたから、俺も猛も「闇鍋に?」なんて冗談は言えなかった。
その時、これまで絶えず木々の葉を揺らしていた風がぴたりと止んだ。奏馬が次に何を言うのかをじっと待つように。
「……だから、正直見つからなければいいなって思ってる」
誰も何も言わなかった。ただ奏馬がスコップを土に突き刺す乾いた音だけが、俺たちの沈黙を縫うように響いていた。
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