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三人でタイムカプセルを埋めたのは、高校の卒業式を終えてその帰りのことだ。卒業後の俺たちは、実家が小料理屋の猛は店を継ぐため調理学校へ、秀才の奏馬は難関大への進学が決まっていた。
そうやって着実に歩みを進める二人に対して俺はと言うと……勢い任せの馬鹿だった。卒業の開放感のままに「タイムカプセル埋めようぜ!」なんて提案する程度には。
「それにしてもよぉ」
土を掘り返す事にすっかり飽きたらしく、猛はペットボトルの水を一気に飲み干して大きく息をつく。
作業を始めてから既に一時間は経っている。それぞれが少し疲れを感じ始めていた。
「涼介のトリッキーさはピカイチだよな。卒業したその日に卒業証書埋めるか? 普通」
「いやぁ、なんか自分の中のケジメみたいな感じ? イッチョマエに『俺はこれから芝居一本でやっていく』って学歴社会と決別したつもりだったんだよ」
「涼介は高校の頃からドラマ出たりして大活躍だったもんね」
奏馬はスコップを土に差し込みながら苦笑した。猛も我が意を得たとばかりに身を乗り出す。
「そういや、覚えてるか? 涼介がドラマに出るとか舞台に出るってなるとさ、学年主任が臨時集会開いてよお」
「あの頃は、学校の先生までみんな涼介の話ばっかりだったよね」
「だよなあ。俺も進路相談で担任に『仲の良い友達が芸能界で頑張っているんだから、君も頑張りなさい』って説教されたぜ」
「あ、それ僕も言われたかも」
「……お二人さん、忘れてもらっては困りますが、その結果がこの有様なんですよ」
俺は両手を広げて二人の呪詛に割って入った。もう降参です勘弁してください。
俺がそらドラマだやれ舞台だと言ってメディアに出ていたのはせいぜい二十代前半までで、今となっては世間からすっかり忘れられているのだ。過去の栄光をほじくり返してイジられるほど居心地の悪いものはない。
「でも、お芝居は続けるんでしょ?」
「そうだな、頑張ろうと思ってる。自分に出来る事がある限りはベストを尽くしたいからさ」
「そういえば、その『ベストを尽くす』って言葉、高校の時から涼介の口癖だったよね。カッコいいなって思ってた」
「え、奏馬にそんな事言われたら普通に照れるな。なんかサンキュ」
奏馬と俺が話している間に穴掘り作業に戻っていた猛が、ふと何か考えるように手を止めた。
「なあ、埋めた時こんな深くまで掘ってたか?」
「やっぱり? 俺も変だなと思ってたんだよ。あの時掘った穴は膝くらいの深さだったはずだったよな」
「いくらなんでもそろそろ出てこねえとおかしい。やっぱり場所が違うんじゃねえか?」
俺たちの間に、嫌な空気が流れ始めた。それぞれが手を止めて、所在なく視線を漂わせている。
その時、
「あ、思い出した!」
と奏馬がパッと顔を上げ、林の奥へと駆け出した。
「うおっ、なんだなんだ」
「急にどうした」
俺と猛は奏馬の勢いにやや仰け反りつつ、奏馬の後を追う。
奏馬は足は前に動かしながらこちらを振り返って、笑顔で叫んだ。
「猛、忘れちゃった? みんなで埋めた何年か後、大きな台風が上陸したでしょ。あの時にさ」
「あ! そうか、そうだよ! 思い出した。そりゃいくら掘っても見つからねえはずだわ」
「なになに、二人してなんなの。俺も話の仲間に入れてよ」
「僕たちも『自分に出来る事』にはベストを尽くしたいってこと!」
そう言って、こんどは本気で走り始めた。
俺たちは笑いながら走った。なんで走ってるのかとか、何が可笑しいのかとか、理由なんてたぶんなかった。
ただ俺は、わけも分からず笑いながら(ああ、あの頃もこんな風だったな)と思った。
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