サクとサクハと僕と僕

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 今朝、僕はサクの病室から出た後施設長の部屋へ寄った後、サクハの部屋へと向った。 「ユウト。どうしたの? こんなところに来て」  ベッドと車椅子以外なにも置かれていない狭い部屋の中、ベッドに腰掛けていたサクハは僕の姿を見て本当に驚いた様子だった。基本的にオリジナルとスペアの居住空間は区別されている。オリジナルの治療が行われる場所であるこの施設は両者が共存しなくてはいけないので他の場所より少し基準が緩い。しかし、それぞれがそれぞれの場所から出ないようにすることが暗黙のルールとして存在している。だからこの場所に僕が居るというのは少し特殊な状況。サクハが驚くのは無理もない。 「今日はとってもいい報告があるんだ」 「いい報告?」  突然何を言いだすんだという空気を感じながらも僕は話を続ける。 「サクの手術なんだけど、サクハから心臓を貰わなくても大丈夫になったんだよ」 「え? それってどういうこと?」 「だから、サクハは手術を受けなくても良くなったってこと。サクハは家に帰れるんだよ」 「待って。そんなことはありえない。私がこの場所にいる時点でオリジナルがスペアを必要だとしていることなんだから」 「だから大丈夫になったんだよ。ほら、帰る準備をして」  意味が分からないと言った顔のサクハを急かして車椅子に座らせる。彼女がここに持ってきている荷物などない。だから今すぐにでも彼女は外に出ることができる。 「それでね。家に帰ったら僕を待っていて欲しいんだ」 「ユウト、一体何を言っているの?」  喜んでいるような、困惑しているような顔でサクハは僕の顔を見上げた。 「詳しいことは僕がきみの家に着いてから話すよ。だから僕を信じて。先に帰ってあの家で僕を待っていて欲しい。あの日がくる前のように」 「でも……」  まだ納得していないサクハをギュッと抱きしめる。 「嘘なんて何も無い。これは決まった事なんだ。だから僕を信じて。僕はサクハを愛している。これからはずっと一緒だよ」  腕の中のサクハが頷いたのを確認すると僕はそっとサクハから離れた。最後にサクハの顔を見てにっこりと笑う。 「約束だよ」  目に涙を浮かべたサクハは大きく頷いた。そしてしばらく僕の顔を見つめた後、「待ってるから」と言い残して病室から出て行った。彼女の背中が小さくなっていくのを見て「これでいいんだ」と僕は呟いた。  サクの手術まで後一時間。 「もうすぐだね」  僕は前処置を施され、ベッドの上でぼんやりと横たわっているサクの頭をそっと撫でた。サクは僕を許してくれるだろうか。そんなことを考えながら、僕は懐かしい家で待つサクハの顔を思い浮かべる。  サクハ。あと少しだけ待っていて。もうすぐきみの元へと帰るよ。 「それでは手術室に向います」  青い術着を来た案内人が僕たちを迎えに来た。 「よろしくお願いします」  僕は頭を下げるとサクの手をギュッと握りしめた。動き出したベッドの横について同じ速さで歩く。そしてサクの手を握ったまま僕は彼女と一緒に手術室へと入った。 「それではこちらに」  誘導された場所にあるベッドに腰掛けると僕は大きく息を吐き出した。そして案内人に声をかける。 「あの……。すみませんが彼女が目覚めた後、渡して欲しいものがあるのですが」  案内人は何の感情も持っていないような声でこう答えた。 「はい。ではそちらの箱に入れておいてください。確実にお渡しすることをお約束します」  僕は言われた場所にある箱に一通の手紙を入れた。彼女はこの手紙を読んで何を感じるだろう。  悲しみ? 怒り? 絶望? ひょっとしたら喜びかもしれない。 「それではよろしくお願いします」  そう言うと僕はベッドに横になり目を閉じた。  僕の心臓は彼女が生きるために使われる。  ずっと彼女と一緒に生きていきたいという僕の願いを施設長は受け入れてくれた。こんな無茶な要求を受け入れてくれてくれたのは、もともと僕自体がスペアだったということも理由のひとつだったのかもしれない。  サクには僕の心臓を。  サクハには僕の心を。  僕はこれから愛する彼女たちを失うことに怯えることなく、彼女たちが生き続けている限りずっとずっと一緒にいられる喜びに浸っていた。 <終>
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