サクとサクハと僕と僕

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 面会時間が終わり、一人病室を出た僕は中庭へと向かう。ベンチに腰かけて珈琲を一杯。これも新しくなった僕のルーティーン。 「さっきは何で涙なんて出たんだろう?」  病室で不意にあふれ出た涙の理由を考えてみる。しかし彼女も言っていた通り、彼女は今回の手術が初めてというわけでもないし、放置しておけば命に関わる状態だけれど手術を受ければ確実に治るということだってわかっているのに。  ひょっとして大好きな彼女とたった一週間離れていただけで僕は情緒不安定になってしまったのだろうか。ああ。それはあるかもしれない。  僕は彼女をひとめ見た瞬間から恋に落ちた。出来ることなら全てを棄ててでも一日中彼女と一緒にいたい。ずっとずっと永遠に。彼女がこの世界を去る時がきたならば、彼女が息絶える数秒前に僕も息を引き取りたい。彼女を見送るのなんて絶体に無理だ。耐えられない。でも僕を見送る彼女の悲しみは少しでも短くあってほしい。そんなことを僕はずっと願い続けている。  珈琲を飲みながらぼんやりしていると、ふと視界に車椅子の女性が目に入った。  僕の座るベンチから数メートル先。中庭を横断する歩道をゆっくりと進む彼女はどことなくサクに似ている感じがした。そのせいかどうかはわからないけれど、僕は彼女から目が離せなくなってしまった。  彼女は中庭を通り過ぎ、向こう側に見える建物へと進んで行く。彼女の背中がだんだん小さくなっていくにつれて、なぜか僕の心の中にモヤモヤというかザワザワというかなんとも落ち着かない、焦りを含んでいるような言いようのない気持ちが膨れ上がってきた。 「ちょっと待って」  気がつくと僕はそう声を上げ、彼女の後を追いかけていた。 「すみません! ちょっと! 待ってください!」  彼女まであと少しの所まで来た時、僕の声が聞こえたのか彼女は車椅子を止めてゆっくりとこちらに振り向いた。 「えっと……」  彼女を引き留めたのはいいものの僕は彼女に何を話したかったのか。続く言葉がなかなか出てこない。でも、引き留めたのは僕なのだから何か話さないと。焦る僕は気が付けばこんな事を口走っていた。 「急にすみません。こんなこと言われても困ってしまうとは思うんですけど、今あなたを逃がしてしまったら取り返しのつかないことになりそうな気がして……」  頭を通さないで出てきた言葉。逃してしまったら。取り返しのつかないことに。初対面の人に向かって僕は一体何を言っているんだ。  しかしその時、僕は思わずハッとした。そうか。なんとも言えない焦るような、駆り立てるような気持ちはそういうことだったのか。僕はいつも感情が言葉になるまで時間がかかる。彼女が僕の視界から消えてしまうと思った時、確かに僕はそう思ったんだ。  目の前に彼女がいるにもかかわらず、僕は自分の発した言葉に絡み取られたように停止した。そんな僕の顔を見つめたまま、彼女は小さな声で何かを呟いた。 「……と」
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