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でも。
『…あー。や。迷惑だった? 折角、女の子声かけてくれたのに』
鈴の視線が少し心配そうにしているのがわかる。視界の端っこの方に困った顔が見えてそっちが見られない。だから、そんなことを言ったのは、予防線だ。
『俺さ。なんつーか。空気読めなくて…』
鈴の口から迷惑だったとにおわせるような言葉を聞きたくなかった。そんなことないと否定してほしかったんだと思う。
女の子ならいい。鈴に気軽に声をかけても。その容姿とか、仕草とかカッコいいって囁き合ったりしても。その先に恋人同士になる未来を想像しても。何もおかしくないんだ。
『ごめん。やっぱ、俺、一人で帰るから。まだ、さっきの子いるかもよ』
でも、俺は違う。
きっと、これは、勘違いだ。俺にしか見えないあの人たちと同じで、俺がおかしいから、こんなふうに思うんだ。だから、それに、鈴を巻き込んではいけない。
っていうか、絶対に気のせいだ。変な声が聞こえたから、こんなふうに思うようになるなんて、俺、本当にヤバいんだと思う。病院とか通った方がいいのかな。
『…そんなふうに、思われてたんだ』
ぼそり。と、鈴が呟いた。言葉は俺にはよく聞き取れなかった。
『池井さん』
腕を掴まれた。
それだけで、心臓が跳ねる。
『え? あ。なに?』
でも、顔は見られない。見るのが怖い。あの、青い目で見られたら、全部見透かされてしまいそうな気がする。見透かされてしまったら、終わってしまう。
『こっち。見てください』
頭の中まで優しく撫でるような低い。優しい声。それだけで、催眠術にかかったみたいに、いうことを聞いてしまいそうになる。
けれど、恐れが勝って、俺は顔を上げることをしなかった。
『…助かったって思ってます』
頑なな俺の態度に、詰めていた吐息を吐いて鈴は言った。ため息をつかれたみたいで、居たたまれない。
『正直。その。ああいうノリの女子苦手で。てか。人付き合い苦手で。なんつって断っていいかわかんないし。だから、池井さんがいてくれて助かりました』
姿勢のいい鈴が綺麗な角度で頭を下げたのが見えて、ようやく、俺は鈴のほうが見られた。
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