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正直、鈴の口から風祭さんの話を聞きたくない。そう思っている自分に驚く。いや、驚いているというより呆れる。普通に考えて、鈴が風祭さんと従兄でなかったとしても、仲がいいことは別におかしなことでも何でもない。
男同士なんだ。店長がバイト君を呼び捨てで呼んでいても、珍しいことでも何でもない。
それなのに、そんなことにすら、敏感に反応してしまう自分が最早笑えてきた。
『葉さんは母方の従兄で。あ。これは言ったか。いろいろ悩みとか、ガキの頃から聞いてくれて。一言で言うと、兄貴? みたいな人なんです』
まるで言い訳するみたいに鈴が言う。
だから、余計に不安なった。
もしかしたら、隠したいような関係性が二人の間にあるんじゃないかと。それを誤魔化すために俺を送ると言い出したんじゃないだろうかと。
『だから、その。ホント。俺たちは、そう言うんじゃなくて…』
そういうの。という言葉に、俺の方は分かりやすくびくり。と、震えてしまった。俺にしか見えない人たちを見るのよりもずっと、怖い。
『そういうの…って?』
けれど、聞かないでいるのも、嫌だった。もし、そういうのっていうのが、俺の思っているそういうの。だった時、それが分かるのは早い方がダメージが少なく済むからだ。
『え? あ。いや。その。ええっと』
わかりやすく、鈴は口籠った。必死で言葉を探している。ように見える。
どうしてだろう。
思ってから、当たり前かと苦笑した。
誤解でなく、二人が誰にも知られる図に関係を育んでいるのだとしたら、知られたくないのが当たり前だ。そういう関係に寛容でない人は多い。こんな田舎の街では、特に口さがない人たちが多いのが実情だからだ。
「あの。鈴君。俺、別に。偏見とかないし…」
彼は、きっと、風祭さんを守りたいんだろう。だから、俺は言った。応援は正直できない。けれど、邪魔する気もない。そうなのだとしたら、せめて自分は敵でない存在でいてあげたかった。
『あ。だから…あの。葉さんには好きな人がいて。店によく来る人で』
俺の言葉の意味を理解したのか、鈴は一瞬とても困った顔をしてから、決意したように顔を上げた。
『だから、本当に葉さんとは従兄弟と、雇用関係以外には何にもないんです』
俺の顔をじっと正面から見て、鈴が言う。
ふと、その時、風祭さんの姿が頭を過った。
茶葉をとるとき、背中を向けるとよく見える。足に絡まった鎖。引きずっている左足に絡まったそれは、どこかへ向かって伸びていた。それは、いつも同じ方向に向かっているわけではなくて、その時々で向かっている方向が違った。それは、もしかしたら、動いているもの(人)に繋がっていたからだろうか。
『そか。そか…。あの。もしかして。鎖の…』
そう考えたら、思わず俺は口に出していた。
『あ。それです。その人』
ぱ。と、表情を明るくして、鈴が応える。
『うん。それなら。わかる』
確かに、あの鎖は風祭さんの足に絡まってはいるけれど、悪意のようなものが見えない。といっても、何度も言うようだが俺の感覚は全く当てにならないのだが。
でも、都合がいいかもしれないけれど、今は信じてみようと思った。
なんだか引っかかることはあるけれど、鈴の言葉も、自分の感覚も。
『よかった』
ほっとしたように鈴は微笑む。その嬉しそうな笑顔が俺の方もう嬉しい。
嬉しいけれど、その時が来てしまったみたいだ。
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