忘れられない一日になった(白目)

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『今日のラッキーさんはしし座のあなた! 忘れられない特別な一日になるでしょう! ラッキーカラーは黒よりの緑! ワンポイントアドバイスは平常心です! よい一日を~!』  吊革につかまって揺られながら、スマホで今日の運勢を確認する。  代り映えのしない朝の満員電車は平常運行。  季節ごとにスーツにコートを羽織っていたり、スーツの上を脱いで抱えていたり、乗客の様相は変わるけど、ぎゅうぎゅう詰めなのは変わらない。  夏は冷房で冷えすぎるし、冬はおしくらまんじゅうで汗がにじむ。  一体誰だこの電車という利器を発明した人間は。  もうちょっと朝の通勤に優しい仕様に変えてほしい。  いつもそうやって心の中で荒れ狂いながらも表面上は無で、スーツのおじさんたちと一緒になって突っ立っている私だけど――今日は少しだけ浮かれていた。  原因はスマホの中にある。  占いの記事を閉じてメールを開く。  会社からの連絡事項のフォルダを開いて、昨日届いたメッセージに目を落とした。 《重要事項:明日、大事なお話があります。欠勤はなさらずに必ず出社してください》  社長から直々のメッセージだった。  他に誰に送っているかはわからないけど、少なくとも私は新卒からずっと働いてきた古参の社員だ。今までこういうメッセージが届いたことは経験上一度もない。ついでに言えば、今日の下着は黒よりの緑なので運勢的にもいい流れが来ていると言わざるを得ない。  忘れられない特別な一日になる……それはつまり臨時ボーナスがでるか、昇進の可能性も――。 (おっと、いけない顔がにやけるところだったわ。平常心平常心……)  ほほをぐにっと指先で上げて無表情を取り戻す。 【次は~新袋~新袋~】  アナウンスが流れて電車が減速し始めた。  吊革につかまるおじさんたちと一緒に体重移動をしながら、電車が停まり、扉が開くのを待った。  人の波に流されながら改札を出ていく。  構内はあたたかかったが、外は一転、今が冬だと言うことを思い出させる肌を突き刺すような風が吹いていた。  コートの襟を立てて、行き先の違う人の流れに割り入るように歩きだす。  会社まで駅から片道10分。  商業地区を抜けると、徐々に高い建物と人足が遠のいていく。  どちらかと言えば工業地区。駅前のオフィスビルみたいなおしゃれな会社と違う、雑草魂丸見えの外観の武骨な建物が目立ち始める。  その一角に私が雇われた会社があるわけだが……。 「……なにこれ?」  いつも閑古鳥が鳴いている会社の正面玄関には、珍しく人だかりができていた。  作業着にスーツに多種多様な様相の老若男女は皆雄たけびのような奇声を上げている。 「ど、どうしたんですか?」  手近にいた作業着のおじさんを捕まえて話を聞こうとするが 「てやんでぇ! ふざけんじゃねーぞばっかやろうが!」  怒りのあまり興奮してまともに話が聞けない。  他の人達も皆そんな感じだったので、私は怒れる群衆の隙間を縫って会社の入り口に向かった。 「はぁ、はぁ……一体何が……」  最前列にたどり着いた私は、入り口のガラス戸に張ってある張り紙に気付く。 《すみませんもう無理です。会社畳みます。皆さんご苦労様でした。さようなら……》  紛れもなく社長の字だった。  ガラス戸の向こう、会社の椅子や机、観葉植物に至ってまで。  内装は全て取っ払われて、無機質な空間だけが残っている。  つまり、昨日のメールの重要事項というのは。社長が夜逃げする為のブラフの可能性が……。 (お、落ち着くのよ私、ワンポイントアドバイスは平常心、平常心、平常心へいじょうし――) 「なぁにが特別な一日になるよボケぇ!!」  私は張り紙をびりびりに破いて、怒れる群衆の一人になった。
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