話し上手に聞き上手

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 体育館の舞台の上に引っ張り出されたあゆみと、舞台の下のアリーナにはあゆみの意中の相手である間宮クンが立っていた。私からここに呼び出された彼の視線を浴びたあゆみは腰が引けていた。 (ちょ、ちょっと? 舞台の上から人を見下ろすだなんて、小学生の学芸会以来だよお) (そう震えなさんな。こっちまで震えてくるよお) (ど、どうするんよ? これから。ここから、大声で好きですとか私に言わせるわけ?) (まさか。さっき言ったでしょう。人前で話すことの気持ちよさを教えてあげるって。まずはその気持ちを知ってから――告白よ) (だ、大丈夫かなあ) (任せておいて。でも、いい? 先に説明しておくけど、人前で話す気持ちよさを知ったり感じたりするってのは、その時の場の中で、たった一度だけかもしれない。見逃さないでよ) (あんたが言っている意味はさっぱりわからんけど、前を見てろってことよね?) (そういうこと。じゃあ、これから彼に話しかけるね。あんたがキミのことを好きだってさ。その時の――、彼と私たちの間にある世界を感じ取りなさい) (彼との間にある世界を――) 「そう。あのね。間宮クン。急に呼び出したりしてごめんなさい。実は――」  私は間宮クンに、この場に呼び出した理由を語った。  壇上にいる私たちと下のアリーナに立っている間宮クンとの間には距離があったけど、しかし、これくらい離れていないとあゆみが『人前で話すことの気持ちよさを知ったり感じたりすることはできない』と私は思ったからだ。  結果として、全ては私の予想通りだった。  あゆみの間宮クンへの告白はうまくいった。  告白からの帰りの道すがら、あゆみは楽しそうに言った。 「はあ。彼とのお喋り、とっても面白かった。面白い? あれ、なんだろ? これから私が告白しますって場面がきて、急に周りが静かになったって感じたのよね」 「心地よい静けさの中に導かれたって感じだったでしょ?」 「うんうん」  もう一つの結果として、間宮クンという男子生徒の心は私の予想通りだった。  彼は――話をうまく聞いてくれる――聞き上手だった。  聞き上手な人は、相手が言いたいことを話す前に静かな世界を作ってくれる。  ここに呼び出した理由を私が話して、聞き上手の間宮クンは一つ返事をした後、あゆみの話を――告白を落ち着いて待ってくれた。  それはほんの一瞬の出来事だったのかもだが、間宮クンは静かな世界を作り出し、その中にあゆみを導いてくれたのだ。そんな静けさの中はとても心地が良かったのだろう、あゆみは何一つ怖気づくことなく、素直に彼と話すことができた。 「聞き上手って相手と話す時には、静けさに包まれた心地がよい世界がまずお互いの間に生まれるものなよね。この瞬間がほんとに良いんだわ。実は、誰でも聞き上手なのよ。だから、私は人前で話すことが面白くてしょうがない。それが大勢の人前であれば尚、良し。人前で話すことの気持ちよさ、わかった?」 「えー? でも、これまで一度もそんなこと感じたことなかったよ? 話せる相手かどうか、平気かって感覚はよくあったことだけど」 「わざと騒がしくしてるからだよ。あんたがなかなか告白できなかったのも、あんたが騒がしい人だったからよ。それでは相手も落ち着かなくなるし、うまく話せず、うまくいくことが難しくもなる」 「ふうん。言いたいこと話す前に、静けさの中に相手を置いてあげようって思えば、気持ちよく話しやすくなるんだね」 「それからあとはもう面白くなるだけだね」 「そうだね」  私たちは無言で顔を見合わせた。言葉がないほんの一瞬の静けさの中で笑顔を見せ合い、その次に出てきた言葉たちは、みんな踊るように軽やかだった。 <終わり>
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