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人前に立って話すのは恥ずかしい。
そんな時代が私にもありました。
でも私は今、人前で話すことが面白くてしょうがない。
それが大勢の人前であれば尚、良し。
「変わった子」
佐山あゆみは奇妙なものを見るような顔をして私にそう言った。
「あれね? お喋りを始める前に、居並ぶ人たちの顔をパイナップルと思えとか、手のひらに亀って文字を三回書いてとか、そんなおまじないでもするの?」
そんな奇天烈なことを言うあゆみに、私は手のひらを振って言った。
「しないわよ。それに、そこはパイナップルじゃなくてカボチャでしょ。亀じゃなくて、人」
「ツッコミが細かいなあ」
「はあ……」
私はため息が出た。本番前におまじないをするとか自分に暗示をかけるとか、かからなかったらどうするんだ。
すると今度は感心したようにあゆみは言った。
「つまり、度胸があるのね!」
「別にそうでもない。知りたい?」
「何を?」
「人前で話すってことの面白さ」
「え? あ、うん……」
急に煮え切らない表情になったあゆみ。
私は目線を鋭くして言った。
「知ってるぞ」
「な、何ををを?」
「告白ターイム」
そう言って、私はちょうど目の前を通り過ぎていく男子生徒を指さした。向こうは私の動作に気付いていない。しかし、そんな私の動作に驚いたのはあゆみだ。
「あわわ!? ちょっと!?」
慌ててあゆみは男子生徒を指さす私の手を下げようとする。
「一体どういうつもり?」
あゆみは眉毛を逆ハの字にして私をにらみつけた。
別に私はふざけているわけではなかった。
「ふざけてはいないよ。あの男子は、2年C組の間宮クン――だっけ? そういうことなんでしょ?」
「う、うん」
あゆみは観念したように言った。
「話し上手のあんたから、人前でうまく話すってコツを教えてもらいたかった。あんたみたいに大勢の人前で話す度胸って私にもあれば、彼への告白も簡単になるでしょう?」
「度胸があるなしではないのよ。ただ、面白いから。これから面白いことをするのに、怖気づくってないでしょ?」
「まあね」
「じゃあ教えてあげる。人前で話す度胸が付くとか、そういうものじゃなくて、人前で話すことの気持ちよさを教えてあげよう。告白に役に立つぞ」
「うん!」
「では告白の場所へ――」
「ええっ!? いきなり本番!?」
「それこそ!」
私は身を乗り出すようにして言った。
「あゆみは彼への告白をどうしようかって、もう十分考えたでしょう? あんたはもうね、なるようになるってレベルにたどり着いちゃってるの。案ずるより産むが易し。いざ、告白の場にGO!」
私は疑念の表情を浮かべるあゆみの手を引き、告白の場へ向かった。
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