ぼくの知らない話

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 郵便局の前には昭和レトロなポストが立てられていた。日焼け具合や錆具合が無駄にリアルで大道具さんも入れたものだ。薬局の看板も「クスリ」と描かれ、扉の前にはすっかり古ぼけ年季の入ったお金を入れると動く象の乗り物が設置されていた。投入口もすっかり茶錆が出来ており、お金を投入しても動く気配はない。その横には茶色のトタン壁がありレトルトカレーと炭酸栄養ドリンクの看板が並べて掲げられていた。おれは「昭和を舞台にしたドラマ」の撮影に参加したことはない、ワイドショーやバラエティ番組担当で、この手の大道具さんとは縁が薄いのだが、この凝り具合に感心するのであった。 すると、おれの腹がぐーと鳴った。さて、腹が減ったな。おれは適当に目についた定食屋に入ることにした。ボロい定食屋で味は期待出来ないが、無いよりはマシか。 ここが野外舞台装置(オープンセット)であれば一気に味に期待が出来る。刑務所の臭い飯に比べればこんな店でもフルコースかもしれない。 おれは定食屋近くの路肩にレンタカーを停め、定食屋に入ることにした。 「ごめんください」 その定食屋に客は誰一人いなかった。ロケ用のハリボテだろうか? 本物の店だとするなら、仕事終わりの客が来るにはまだ少し早いようだ。 それとも今日は撮影がないのだろうか。 店の雰囲気は昭和三十年代を思わせる大衆食堂。使い込まれた角張ったテーブルに椅子、黒ずみがレトロ感を際立たせる。壁に貼られたお品書きも黄色い紙を画鋲で壁に刺し手書きのマジックペン書きと言うレトロなもの。ダルマと並んで置かれているテレビは昭和を思わせる程の年代物ながらにニュースが放送されていた、電器屋が地デジ化工事を頑張ったのだろうか。 店の主人が奥より現れた。 「はい、いらっしゃいませ」 現れたのは割烹着に三角巾姿のステレオタイプの食堂の婆さんだった。線が全体的に細く三角巾から見える髪の毛も白髪交じりであることから、婆さんなのは明白だ。 「おう! ここなに? どこの映画会社の撮影セット? それとも局のセット?」 婆さんは首を横に傾げた。 「あの、何のことでしょうか?」 「婆さん? エキストラさん?」 「そう言われましても、何のことやら…… ところで、お見かけしない顔ですが、外から来たんで?」
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