ぼくの知らない話

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ここは野外舞台装置(オープンセット)ではないのか? まぁいい、こんな獣共が大相撲を開催してそうな山ともなれば、時が昭和三十年代で止まっていてもおかしくはないだろう。 「ああ、東京から電車乗り継ぎでね。それより、注文いい?」 「はい、どうぞ」 おれは壁に貼られたお品書きを眺めた。カツ丼・親子丼・他人丼・鉄火丼…… と言った丼物に始まり、唐揚げ定食・メンチカツ定食・コロッケ定食・レバニラ定食・スタミナ定食・ホルモン定食・山菜定食……と定食物が続き、ラーメン・唐揚げラーメン・きつねそば・きつねうどん・たぬきそば・たぬきうどん・山菜そば・やきそばと麺類が続き、最後はカレーライス(トッピング応相談)。メニューは無駄に充実していた。何屋か分からない店の味ほど期待出来ないものはない。 「じゃ、レバニラ定食」 すると婆さんはニコリとおれに笑顔を向けてきた。 「はい、かしこまりました」 婆さんは調理場に行き、鍋に火を入れ、レバーとニラを炒め始めた。さて、今日は新聞を読んでいなかったな…… 新聞でも読んでおくか。おれは立ち上がり、新聞を探したのだが、本棚に置かれていたのは古い漫画ばかりだった。 「おい! 婆さん!? 新聞ないのー?」 婆さんは調理の手を止め、おれに向かって叫んだ。 「すいませんねぇ。この村、新聞販売店が潰れちゃったんですよ。みぃんな契約せぇへんもんで」 今は新聞販売店も潰れるものだと聞いているが、こんな田舎にあるところまで潰れるとは恐ろしいものである。しかし、婆さんはおれの想像とは違うことを言うのであった。 「大本営発表で信用失いましたからね」 おいおい、ネットスラングでしか聞かない言葉が聞こえてきたぞ? どうなってんだ? この村は? 地元のスポーツチームの提灯記事にウンザリとしたとでも言うのか? おれがそう考えているうちに、レバニラ定食がテーブルの上に乗せられた。しかし、定食以外にも小鉢が一つ置かれていた。中身はモツ煮込みである。 「あれ? お通しなんて頼んでないよ?」 「サービスで御座います。久しぶりに『仕入れ』が上手くいったもので、それに久しぶりのお客様でしたので」 「ああ、近所のスーパーでモツの特売でもやってたんだね」 おれはモツを一つ、口の中に入れた。出所前に食べていたモツに比べて固いなぁ? 煮込みが甘かったのだろうか? しかし、噛み切れない程ではない。この噛みごたえは『どこか』で覚えがあるのだが、思い出すことが出来ない。飲食店ではないどこかで似たような噛みごたえのものを噛んだ記憶があるのだが……
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