ぼくの知らない話

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仕方ない、レバニラ定食ぐらいは自腹を切るとしよう。 「まぁいいや。美味しかった、また来るよ!」と、わかりやすい社交辞令の言葉を言いながらおれは定食屋を後にした。そして、車を出す。 その時におれは肉屋の前を通りかかったのだが、ガラスケースの中にメンチカツがあることに気がついた。レバニラ定食を食べてはいるが、まだまだ先は長く相手先のケーブルテレビ局に到着するまでにまた腹が減りそうだ。車の中でつまめるような油ものの惣菜でも買って腹を繋ぐとしよう。  おれは商店街を出てすぐにある田舎道の路肩に車を停め、今度は歩きで商店街を引き返して肉屋へと向かうのであった。 おれが肉屋に入ると、そこは蛻の殻だった。 「ごめんください!」 おれがいくら叫んでも、カウンターに店員が現れる気配はない。さっき、冷凍冷蔵車があったのだから、その主である肉屋本人も帰ってきてる筈だ。 どうなってやがるんだ…… おれは舌打ちを放った。すると、カウンター脇のドアが全開になっていることに気がついた。おれは開いているドアに向かって叫んだ。 「ごめんください!」 しかし、梨の礫である。トラックで仕入れに行って、またすぐどこかに行っちまったのか? おれがそんなことを考えていると、店の奥より物音が聞こえてきた。 なんだ…… いるんじゃないか。おれはクレーマー気質はないが、客を放ったらかしなのは気に入らない。文句の一つも言ってやらないと気が済まない。 おれは店の奥へと入りこんだ。 店の裏側(バックヤード)は広めの台所(キッチン)を思わせた。調理台の上に乗っているのはいずれも肉である。真魚板(まないた)の上には見慣れない肉の塊と共に包丁が突き立てられていた。 「仕事の途中でどっか行ったのかよ…… どうなってるんだよ……」 すると、更に奥の扉が開いた。出てきたのは先程も会った肉屋である。肉屋は脇に何やら「赤と白の混じったもの」を抱えていた。おれはそれに見覚えがあった、遥か遠い昔の小中学校の理科の時間に見た人体模型なのだ。それも皮膚を一枚剥がして筋組織を露出させたものである。最近で言うなら、社会現象にもなった巨人が出てくるアニメの一番大型な巨人と言った感じだろう。 おれの顔を見た肉屋は驚いた顔をしながら、人体模型を床に落としてしまった。音はあまりしなかった。「びちゃ」や「ぐちょ」と言った肉のような柔らかいものを落とした小さな音しか聞こえなかった。人体模型ならばプラスチックやポリウレタン製である故に「ボコン」や「ガチャン」と言った硬いものを落としたような音がするはずなのだが…… 肉屋は人体模型を調理台の上に乗せた後、ぼくの方に顔を向けた。
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