ぼくの知らない話

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「見たね?」 まさか、本物の訳がない。おれは謝りながら軽くおどけてみせた。 「いやあ、いくら呼んでも大将が出てこないので、奥で何かあったんじゃないかなって気になって、中に入っちゃいましたよ」 肉屋はおれの質問に答えずに、突き立っていた包丁を握りしめた。そして、セルロイド人形のような目でおれをじーっと見つめた。生気の無い目が不気味で怖い。 「で、見たんだね?」 やばい。おれの全身の毛が一気に逆立ち、体全体が「逃げろ」と訴えかけた。おれはそれに従い、逃げに入った。 おれは商店街を全力で走った! 僅かに後ろを向き確かめれば、修羅の形相で包丁逆手に持った肉屋が追いかけてくる姿が見える! どうなってるんだ! あの男は頭がどうかしているとしか思えない! 適当な店に入って助けを求めようかと思ったが、商店街は示し合わせたようにいきなりのシャッター街と化していた! 助けを求めるために走りながら「助けてくれー!」と叫ぶも、梨の礫。さっきまで人がいた筈なのにどうなっているんだ! やがて、商店街の出口が見えてきた。それと同時に停車していたレンタカーの姿も見えてくる。おれはポケットからスマートキーを出し、解錠ボタンを押すと、ウェルカムライトが点灯し、解錠を知らせた。 おれはドアハンドルに手を伸ばした。グリップタイプのもので素早く引くだけで開けることが出来る! 爪先にドアハンドルが触れるか触れないかの刹那、乾いた銃声が聞こえてきた。それと同時におれの肩に激しい痛みが走る。痛みと言うよりは熱さに近い。傷口が燃えるように熱いのである。それに耐えられなくなったおれは前のめりに倒れてしまった。おれは激しい痛みと熱さに気を失いそうになるも、なんとか首を持ち上げて自分の背後を見た。 そこにいたのは群青色の制服を纏った警察官だった。警察官はまだ硝煙立ち上るニューナンブM60を構え、立っているのであった。 ち…… ちきしょう…… 警察官の銃弾がおれのような無辜の民に撃たれるなんて…… 警察の威信が一気にゼロに帰す程の大事件じゃないか…… この事実をテレビ局に持っていけば反体制思想の抜けきれないテレビマンが大喜びだ…… 正義面で警察を叩け…… るんだ…… からな…… そこまで心の中で呟いたところで、おれの意識は途切れてしまった。
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