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〈えっと。御自宅の方にお見えでしょうか。履歴書の方をお返しにお邪魔させて頂きたいのですが〉
〈……分かりました。私としてはいつでも構いませんよ〉
〈では、今からお邪魔させていただきます。実は今、旅館に宿をとっておりまして。ご住所の方は履歴書に記載されているところの方で変更の方はありませんでしょうか〉
芯弥が現住所を教えてくれた。変更はない。涼風村大字○○字✕✕…… 大字と字を略さない住所の教え方をしてくれたことに、ぼくはとてつもないノスタルジックを感じてしまった。「大字」「字」と書くことなど、住所入力の仕事か、こんなことでもなければないかもしれない。
〈はい、お待ちしております〉
電話を切ったぼくは部屋に戻り、ビデオカメラのセッティングを行った。芯弥の家までの行き帰りの風景を映像に納めるだけでもロケハンが出来ると考えたからである。
外に出る格好をし、ロビーに出た瞬間、絹枝に声をかけられた。
「おんやぁ? お出かけですかえ?」
「ちょっとそこまで。遅くはなりません」
ぼくは部屋の鍵を絹枝に渡した。絹枝はニッコリと微笑んだ。
「なら、お布団の方を敷いておきますね。お風呂も沸かしておきますので…… お早いお帰りを」
「すいませんね」
「いえいえ、お待ちしております」
ぼくはビデオカメラ片手に芯弥の家へと向かうのであった。
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