2 御屋敷

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 ぼくは芯弥の屋敷を後にした。そのまま来た道を行き、やがて血のように赤い夕焼けに染まった商店街に辿り着いた。 夕日に染まった商店街は益々ノスタルジックに見えた。気のせいだろうか、行き交う人々も真っ赤に染まり昭和の風情そのものである。 さて、何を食べようか。ぼくは適当に目についた定食屋に入ることにした。 「ごめんください」 その定食屋に客は誰一人いなかった。仕事終わりの客が来るにはまだ少し早いようだ。 店の雰囲気は昭和三十年代を思わせる大衆食堂。使い込まれた角張ったテーブルに椅子、黒ずみがレトロ感を際立たせる。壁に貼られたお品書きも黄色い紙を画鋲で壁に刺し手書きのマジックペン書きと言うレトロなもの。ダルマと並んで置かれているテレビは昭和を思わせる程の年代物ながらに、東京のスタジオから放送されているニュースが放送されていた。 このレトロな風景に感動を覚えていると、店の主人が奥より現れた。 「はい、いらっしゃいませ」 現れたのは割烹着に三角巾姿のステレオタイプの食堂のおばちゃんだった。線が全体的に細く三角巾から見える髪の毛も白髪交じりであることから、おばあちゃんと呼んだ方がいい年齢だとは思ったが、おばちゃんと言うことにしておこう。 おばちゃんはぼくの顔を見るなりに僅かに訝しげな顔をした後、笑顔を向けた。 「おんや、見ない顔だねえ? 村のモン以外が店に来るのは何年ぶりだろう、なるべく余所者は来てほしくないんだけどねぇ?」 ああ、常連さん以外お断りタイプの店か。グルメ番組を担当していると、しばしばあることだ。こう言った店は大将が頑固者で追い出されるパターンが多い。特に取材交渉などをしようものなら「テレビに興味はない!」と言われ水をかけられた上に塩を撒かれて追い出された経験もある。ある意味では一見さんお断りの料亭みたいなものだ。 「観光に来たんですけど、お腹減っちゃって」 おばちゃんは首を傾げた。 「こんな何もない村に? モノ好きな人もいたもんだねぇ? ご注文は?」 どうやら、追い出されることはないようだ。ぼくは安堵し、壁に貼られたお品書きを眺めた。カツ丼・親子丼・他人丼・鉄火丼…… と言った丼物に始まり、唐揚げ定食・メンチカツ定食・コロッケ定食・レバニラ定食・スタミナ定食・ホルモン定食・山菜定食……と定食物が続き、ラーメン・唐揚げラーメン・きつねそば・きつねうどん・たぬきそば・たぬきうどん・山菜そば・やきそばと麺類が続き、最後はカレーライス(トッピング応相談)。 メニューは充実していた。都会の片隅にある大衆食堂と比べても遜色はないラインナップである。昼過ぎにサービスエリアで買ったステーキ弁当も消化を終えていたことからガツンといきたいと思ったぼくは奮発することにした。
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