1 入村

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1 入村

紀行番組を担当した時の話  風光明媚なる山間の登り道を走り抜け、峠の頂上にて東屋を見つけたぼくはその脇に車を止め、休憩をすることにした。 ぼくは東屋より峠の下に広がる村を眺めた。四方を山に囲まれ、その中の平地に僅かにポツポツと間隔を空けて建てられた家々、それに田畑が挟まり緑と茶色のコントラストを描き美しい。 「これから、あそこに行くのかぁ…… 何にもなさそうな村だな」 峠の下に広がる村の名前は「涼風村(すずかぜむら)」東京から車を西方へと半日走らせた先に位置する小さな村で、最近本屋で買った地図には載っておらず、勿論カーナビの地図にも記録されていない。念のために国土地理院に問い合わせをして尋ねてみたのだが、過疎化によって住人が減ることで「村」の(てい)がなくなれば地図からその名を消すことは「よくあること」らしく、詳細を知る者はいなかった。  ぼくが涼風村を訪れる理由であるが「ロケハン」のためだ。ロケーションハンティング、つまり「下見」のためである。 番組のコンセプトは芸能人が田舎を訪ねて住民と触れ合う「紀行番組」だ。この呼び方は聞き慣れないため「旅番組」や「田舎番組」と理解して貰えればありがたい。  涼風村であるが、全くゼロの状態から探し当てた田舎だ。本来ならば地方のフィルムコミッションに「どこか絵になるような田舎ありませんか?」と電話で尋ねてのローラー作戦で探し当てるものだが、この令和の時代は田舎暮しや田舎の雰囲気を好む視聴者が多く紀行番組は数字が取れてしまうために、「以前、同局の別の番組で紹介した」「他局さんに紹介しましたよ」と地方フィルムコミッションの担当者に言われてしまい、未取材の田舎を紹介されることはなかった。今回の上役にあたるディレクターにそれを報告すると「放送済の田舎なんて取材しても数字が取れるわけないじゃないか! どこもキャメラが入ってない未開拓の田舎を探してこい!」と怒鳴られてしまった。週に二、三本は紀行番組が放送している御時世に無茶を仰るものだ。ぼくはフリーランスの外様故に「仕事の出来るお客様」と扱われているおかげか怒鳴られるだけで済んでいる。テレビ局所属のADや番組制作会社のADが同じことを言えば鉄拳制裁だ。どうも、この番組のディレクターの山石井(やまいしい)はコンプライアンスの緩かった時代を生きるテレビマンの残滓のようで「面白いもの」を作るために手段を選ばない昔ながらのテレビマンのようだ。 当然、このようなディレクターであれば「殴る」「蹴る」は当たり前。ついていけずに辞めるADはこの30年で三桁を超えたらしい。 最近も他局で取材済の田舎を紹介して、右ストレートをくらい、そのまま「飛んで」しまったADもいるぐらいだ。「飛ぶ」とはぼく達のようなテレビ業界の用語で「無断退職」のことを言う。正直「よくあること」故に、業界体質としては仮払いの金を持ち逃げなどと言うことでもなければ追いかけることはない。 ぼくはそんなADの穴埋めのために雇われたようなものである。
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