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「えっと、唐揚げ定食とカツ丼お願い出来るかな?」
自分で言うのも何だが、ぼくは比較的大食いだ。ADになって以降は「体力勝負」故に食べなければとてもではないがやっていられない。
しかし、おばちゃんは申し訳なさそうな顔をぼくに向けた。
「申し訳ありません。最近は肉の仕入れが上手くいかないものでして…… 肉類を使うものはお出し出来ません」
この村には鶏農家や養豚場と言った施設はないのだろうか。そもそも、この商店街には肉屋があるのに仕入れが上手くいかないとはどういったことだろうか。このオバチャンは肉屋の大将とでも折り合いが悪いのかもしれない。
「じゃあ、作れるものでいいですよ?」
「今ですと、山菜定食と肉抜きの麺類とカレーしか出来ませんが。宜しいでしょうか」
おいおい、精進料理かよ。禅寺に取材に行った時を思い出すよ…… 肉も魚も無しとは…… ないものは仕方ない。ぼくは注文を取ることにした。
「じゃ、山菜定食と山菜そばでお願いします」
「はい、承りました」
調理場よりパチパチと油の弾ける音が聞こえてくる。山菜の揚げ物でも作っているのだろう。肉や魚がなくてもカロリーだけは高くなりそうだ。ぼくはそんなことを考えながら暇潰しのために読み物を取りに席を立った。置かれていたのは本棚だけで、新聞を挟むようなラックは存在しなかった。
「なんじゃこりゃ」
店の隅に置かれていた本棚には漫画がぎっしりと詰められていた。背表紙は日焼けしており古ぼけ年季を感じさせるのは良いとして、問題は漫画のタイトルだ。いずれも知らないタイトルなのである。ぼくは漫画の知識を問うテレビ番組を担当したことがあるせいか、漫画には今昔問わずに詳しいつもりだ。問題作成を行う番組側なのだから、知識が必要である故に詰め込めるだけ詰め込んだのだ。そのぼくでも、聞いたことがないタイトルの漫画が並ぶこの本棚は何なのだろうか。作者名も知らない名前ばかり、これらの古ぼけた漫画の正体をぼくは考えた。
「貸本漫画か」
そう、この棚に置かれている漫画は全て貸本漫画なのだ。古書店に行っても硝子函に入っていて数万円の値札が付けられているような本が普通に並べられているのである。
先述の番組も古くて1970年代の漫画までしか遡っていない、それ以前の年代の漫画知識は名前だけは知っている作品ばかりでゼロに等しい。
ぼくは興奮しながら適当な一冊を手に取ってみることにした。本を取り出そうとした瞬間、おばちゃんのぼくを呼ぶ声が聞こえてきた。
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