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「お客さん? 出来ましたよ?」
「あ、はい。今行きます」
ぼくは再びテーブルに就いた。卓上には山菜定食と山菜そばが並べて置かれていた。前菜のお浸し複数、漬物、パスタ(山菜そば)、メインデッシュ(山菜の揚げ物)、豆腐、山菜の炊き込み飯…… 肉も魚もない完全菜食だった。
「いただきます」
ぼくは順々に箸をつけていった。味は悪くない、むしろ美味しいぐらいである。その最中、おばちゃんが話しかけてきた。
「すいませんねぇ。肉も魚もなくて」
「いえいえ。凄く美味しいですよ」
「これは何より。ところで、観光にお見えになられたとのことですが、いつまでこの村にお見えに?」
滞在予定は二日か三日の予定だが、実際のところは決めていない。報告先の山石井さんも祖父の葬儀とあっては数日は帰ってこないだろう。実質休暇みたいなものだと思い、この涼風村でノンビリとするのもいいかと考えていた。それを口に出そうとした瞬間、おばちゃんが先に口を開いた。
「あんまり、長居するのは良くないよ? この村は余所者には冷たい。明日でも出てった方がいいよぉ? 老婆心から申し上げてるんだよぉ?」
ぼくは苦笑いを浮かべてしまった。余所者に冷たい村の取材なら何度か経験がある。取材拒否で回れ右をした村ならいくらでもある。このぐらいの忠告で回れ右をする程の根性なしではない。しかし、これはいい会話の切っ掛けになる。この狭い村、噂が広がるのは早い。
このおばちゃん経由で自分の存在を明らかにしてもいいかと考え、ぼくは自分の素性を明らかにすることにした。
「ああ、すいません。実はぼく、こういう者なんですよ」
ぼくはおばちゃんに名刺を渡した。おばちゃんは名刺を受け取り、老眼故か目を細めながら舐め回すように眺めていた。
「えっと、ふりぃらんすのえーでー《AD》さん? なんですかな? それは?」
「ああ、テレビ番組を作るお仕事してるんですよ」
「テレビ? テレビ作る人がこんな田舎に観光とは?」
「ぼく、こういうのが趣味でしてね。テレビに映したいなーって田舎の風景とか探してたんですよ。旅番組でここに来たら面白いんじゃないかなって」
「そうけぇ、でもここキャメラ(カメラ)で映しても面白いところなんてないよぉ?」
「いえいえ、こういった『田舎』の風景を映してるだけでも面白いんですよ。癒されるとか落ち着くとか疲れが取れるとか、都会の人ってこういった感じの生活に憧れてるところありますし」
「……変わってるのう。都会の人は」
「ははは」
ぼくは再び箸を動かし始めた。おばちゃんはそのまま調理場へと向かい、椅子に腰を下ろした。
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