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商店街を歩いていると、肉屋が目に入った。店頭のガラスケースには肉が所狭しと並んでいた。その隣にある魚屋にも魚が並ぶ。
「肉、あるじゃないか。もしかしてあのおばちゃん嫌われてるのかな?」
正直なところ、定食屋で食べた肉も魚も抜きの食事では腹持ちは良くないだろう。夜中に腹が減るのは自明の理だ。今は揚げ物の油で腹がボテっと来てはいるが、一時的なものだ。
ちょっとしたものでも持ち帰って食べることにしよう。ぼくは肉屋に行くことにした。
さて、メンチカツか唐揚げはないだろうか。ぼくは肉屋のガラスケースを眺めたのだが、あるものは肉のみで、すぐに食べられるものは皆無であった。
バックヤードに置いてあるパターンだろうか。ぼくは店主に尋ねることにした。
「すいません。コロッケとかトンカツとかありませんかね?」
店主はぼくの顔をじーっと眺めた。声をかける前までは穏やかな目つきだったのだが、瞬く間に訝しげなものへと変わった。
「あんた? 見ない顔だねぇ?」
「ああ、観光客で……」
「とっとと帰りな。最近は仕入れが上手くいかねぇんだ。余所者に売るものはねぇよ」
まだ会って十秒も経っていないのにこの対応か。余所者を一切受け入れないタイプの村とはやりにくい。仕入れが上手くいかないと言っているのに、ガラスケースには肉が並んでいるのはどういうことだろうか。つまり、ぼくのような余所者に肉を売る気はないということだ。揚げ物は見当たらないが、あったとしても売る気はないだろう。ぼくがこう思った瞬間、一人の客が入ってきた。買い物籠を片手に持った割烹着姿の主婦である。
「ほらほら、商売の邪魔だよ。とっとと帰りな」
ぼくが隅に寄った瞬間、店員の顔が満面の笑みへと変わった。
「いらっしゃいませ!」
「今日はお家で焼肉やるのよ。適当に包んで貰えるかしら」
「最近は仕入れが厳しいんだけどねえ。でも、奥さんにはいつも世話になっているからいいとこ包みましょう」
ぼくの時と全く対応が違う。この肉屋の店主は先程の定食屋のおばちゃんよりも余所者が嫌いなようだ。
「助かるわぁ」
店主は瞬く間に経木に切り揃えた肉を包んだ。そして、ホルモンがたっぷりと入ったビニール袋を添える。
「ホルモン、おまけしといた。塩ダレでちゃんと臭みは消しといたよ」
「ありがとうねぇ。ここのホルモンはちょっとニオイがキツイけど、ちゃんと美味しいからいいわぁ」
「ヘン! お世辞言ってもらってもこれ以上のオマケはねぇよ」
ぼくにもこの優しさの百万分の一でもいいから欲しいものである。勘定を終えた主婦は店から出ていった。ぼくは店から出ずにこの風景をずっと眺めていた。すると、店主の目が再び訝しげなものへと変わる。
「なんだ? まだいたのか? さっさと出て行け、商売の邪魔だ。しっしっ」
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