1 入村

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未開拓の田舎を探せとは言われたが、どうしたものか。ぼくは全国のフィルムコミッションに電話をするも、結果は芳しくない。こうなれば既存の田舎を別アプローチで紹介するしかないかと考え、それをメモに纏めようとした。何か紙はないだろうかと机の引き出しを開けると、一枚の履歴書が入っていた。これは個人情報だ、ぼくが見るわけにはいかない。 ぼくは隣に座っていたAD仲間にこの履歴書について訪ねてみた。 そのAD仲間はこの制作会社に所属する2年目の中堅ADである。 「机の中に履歴書入ってたんだけど…… 事務方に渡せばいい?」 「事務方? 経理とか?」 「人事さんっている? こういうものをテキトーに扱うとナンタラ15001に引っかかるよ?」 AD仲間はぼくから履歴書を受け取り、一瞥した。 「ああ、これだったら渡す必要ないよ。この前飛んだ奴の履歴書だから」 「辞めたの?」 「うん、旅番組前の決起集会みたいな飲み会? その酒の席で山石井ディレクターキレさせて右ストレート一発。トイレで頭冷やしてるの見て帰って以降は見てない。殴られて飛ぶのなんてよくあることじゃん?」 「その子、何やらかした?」 「あの時は山石井さんも酒入って酔ってたからね。そのADくんが酌しなかったことにキレたんだってさ。何でも『ADだったらディレクターのコップが空だったら()ぎに来るのが当然』とかって、ブン殴ったんだって」 よくある話だ。ぼくは不快感を覚えながらも「慣れてしまった」のか、それに対して怒りを感じることはなかった。AD仲間は続けた。 「この机で山石井さんと面接やって、履歴書もこのままだったんだね。もう、戻ってこないからシュレッダーにかけていいよ」 「仮払いとかは? ないの? 実家や現住所とかに連絡する必要は?」 「ああ、ないないない。金の管理とかは任せてなかったから。主に現地の雑用と映像編集ばっかりやってる子だったから」と、言いながらAD仲間は履歴書をぼくに返した。さて、言われた通りにシュレッダーにかけることにしよう。ぼくはスッと立ち上がり、コピー複合機の横に置かれたシュレッダーの元に向かおうとした。その時に一瞥した学歴の欄に「惹かれるもの」があり、注視してしまった。 「涼風村? 妙に爽やかな村の名前だな……」 その履歴書の学歴・経歴欄には、平成初頭に涼風村立の小中学校を卒業と書かれていた。高校は他県の私立と書かれていることから涼風村には高校がなく、引っ越したか遠出をしたと言うことが予想できた。その後は映像の専門学校に入学し、この制作会社に入社という流れであった。
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