1 入村

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 ぼくは東屋での休憩を終え、車に乗り一気に霧深いいろは坂の峠を降りた。峠を降りたぼくを出迎えたのは首なし地蔵の山であった…… 峠の袂の山の斜面に苔生(こけむ)した首なし地蔵が所狭しと並んでいるのである。 ぼくは一旦車を路肩に停め、首なし地蔵の山を写真と動画に収めることにした。 〈えー、車を半日走らせて涼風村の入口へと辿り着きました。村の入口の道路を挟むように斜面にはお地蔵様が多く並んでおります。いずれも、首の方がありません。廃仏毀釈運動で砕かれたものと考えられます。ここはかなりの山奥であることを考えると明治政府が主導して行ったというよりは寺の方に村民のヘイトが溜まっていたことの予想がつきます〉っと…… ぼくはこのようなレポートを述べながらビデオカメラを回していく。すると、フレームにぼくの腰ほどの高さの石柱が写り込んできた。 その石柱は首なし地蔵と同じように古ぼけて苔生しており「涼風村」と、神社を囲む玉垣のような筆書きのフォントで刻まれていた。 〈ここが、涼風村の入口になります。この年季の入った石柱を見ても、いつ頃のものかの見当もつきません〉 ぼくはそのまま車で走り、涼風村へと入村した。村の入口には昭和を思わせるような商店街が広がっていた。どことなくレトロな雰囲気の店舗や施設が道路を挟むように並んでいるのである。この商店街が涼風村における繁華街とでも言えばいいだろう。 郵便局の前には「郵便差出箱1号」が設置されていた、所謂昭和レトロなポストのことを言う。現在、普通に街中で見るようなポストは「郵便差出箱12号」「郵便差出箱13号」が多いだけに、未だに郵便差出箱1号が使われている光景を見て軽い感動を覚えるのであった。 薬局の看板も「クスリ」と描かれ、扉の前にはすっかり古ぼけ年季の入ったお金を入れると動く象の乗り物が設置されていた。投入口もすっかり茶サビており、お金を投入しても動く気配はない。その横には茶色のトタン壁がありレトルトカレーと炭酸栄養ドリンクの看板が並べて掲げられていた。ぼくも「昭和を舞台にしたドラマ」の撮影に参加したことがあり、この手の看板は再現されたものを見たことがあるのだが「これが本物か」と、感心するのであった。 最奥にちょこんとお婆ちゃんが座った駄菓子屋、店舗の前には10円玉を転がして商品を得る昔ながらのアーケードゲームが二台。昔の駄菓子屋過ぎて懐かしさの感情すらも沸いてこない。 恐らくは学校の教科書販売のみが売上で、数週遅れの雑誌を平然とラックに並べている本屋。 レトロなサインポールの回る床屋。 営業しているのかしてないのか分からない食堂や喫茶店。 年季の入った精肉店の看板にガラスケースの中にいくつも並べられた肉 などなどなど…… とにかく全てが昭和テイストな風景が広がっていた。 昭和を舞台にしたドラマのセットと違い「作られた感」のない混じり気のない昭和テイストそのものなのである。
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