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ぼくは既に頭の中で番組のコンセプトを思い浮かべていた。最近の紀行番組でも田舎を訪れることはあるが、昭和の雰囲気こそ残るものの山や林に頼ってのものでしかない。平成前期かから中期の村の開発が行われたのか、昭和テイスト足り得ない村ばかりなのである。
昭和末期に生まれた団塊ジュニア世代のぼくが昭和の空気について知ったような口を聞くなと言われるかもしれないが、この村は正真正銘の昭和の空気に包まれていた。紀行番組に使うもよし、ドラマの撮影で使うもよしの最高の場所だと言えた。欠点と言えば東京から遠く、そうおいそれとは来られないことぐらいだろう。東京から半日は車を走らせてやっと着く場所だ。電車もバスも通じていない陸の孤島にしても遠すぎると言えた。
ぼくは商店街の取材は明日またノンビリと行うことにした。流石に半日以上車を運転していれば疲れると言うもの。塒を探すために村の中央へと車を走らせることにした。
塒は村中央に位置する民宿に決めた。その民宿「ふるさと」は予約も何もしていない突然の来訪にも関わらずにぼくを受け入れてくれた。ただ、老婆一人の経営で保健所の講習を受けておらず、客に食事を用意出来ないために素泊まりになってしまった。
ぼくはこう言った田舎に訪れる時は食料調達もままならない可能性を想定し、数日分の食料を持ち込んでいる故に問題ない。
ただ、商店街もあるために食べるものには困らないだろうとぼくは考えていた。
部屋は八畳、中央には黒檀の高級そうなテーブル、押入れには布団のみ。床の間には読めない文字が描かれた掛け軸、そのすぐ横には電気ポットが一つ。窓からは山しか見えない。本当に休息のみを目的としたものだった。
ぼくはノートパソコンをテーブルの上に乗せ、これまでの村の写真や動画をSSDに保存していた。すると、ノックの音が鳴った。
「はーい」
「失礼致します」
この民宿ふるさとの女主人の田中絹枝(たなか きぬえ)が部屋に入ってきた。その手には菓子器と薬缶が握られていた。
「お茶請けで御座います」
絹枝は菓子器をテーブルの上に乗せた。中に入っていたのは一つ一つがラップに包まれた極彩色の和菓子であった。
「ああ、ありがとうございます」
「申し訳ございません。私が歳のせいで、このような為体でなければお食事の方をご用意致しましたのに」
「いえ、お気になさらずに」
「ところで、このような『何もない村』に何をしにおいでになられたので?」
「いえ、そんなことは…… いい村ですよ。この雰囲気大好きです。ああ、そうだ。私はこういう者でして」
ぼくは絹枝に名刺を手渡した。絹枝は名刺を受けとり、それをじっと眺めた。老眼鏡をクイと上に上げていることから、視力は老眼故に悪いと見受けた。
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