1 入村

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「ああ、テレビをお作りになる人ですか。ご立派なこってす」 「ははは、ぼくは一番下っ端ですけどね。えっと、この村で見られるテレビの局の方は? 折角放送しても、この村で放送(やっ)てないと意味ないですし……」 紀行番組で田舎を特集していも、その田舎が民放キー局の番組を見られないことなどよくある話である。ぼくはその点を考えて絹枝に確認を取ることにした。 「テレビはあんまり見いせんもんで。ただ、局が二つしかありゃあせんのです」 公共放送と民放キー局の複合放送か。涼風村はチャンネルが二つしかない田舎なのか…… ぼくは地上波デジタル放送の限界を知るのであった。尚、この部屋にテレビはないためにそれを確認することは出来ない。 「だったら、放送されることになったらDVDに焼いて差し上げますよ」 どのテレビ番組でもそうなのだが、取材に協力してくれたところにはOAした番組を録画したDVDを贈ることにしている。絹枝はそれを聞いた瞬間に首をくいと傾げた。 「あの? でぇぶぃでぇ? とは? なんでしょうか?」 DVDを知らない婆様も珍しい話ではない。いつだったかは覚えていないが、こうした田舎ロケの取材先にOAのDVDを渡す時に「うち、テープしかありません」と言われたこともあるぐらいだ。こういった時のためにVHSやベータに録画する手段も用意してある。 「ビデオテープの方が良かった? 後で女将さんの部屋のテレビ見せてもらっていいですか? 見られるものに録画して送りますので」 「ご親切にありがとうございます。電気屋さんに見られるものが売っていればよろしいのですがね」 電気屋はこの村の商店街に一件だけある。ぼくも横目で見ただけだが、例によって昭和の個人商店、つまり「街の電気屋さん」のような感であると見受けた。外から覗いた感じではショーウィンドウに並んだ置き時計や電気スタンド、僅かに見える店内も電球や電池などの消耗品が並ぶだけで家電が置かれているようには見えなかった。このような電気店でBlu-rayレコーダーやDVDプレイヤーなぞ望めるはずもない。下手をすれば液晶テレビすらも危うい。おそらくは昭和の電気店のまま時が止まっていると踏んだ方がいいだろう。 絹衣はスッと立ち上がり、薬缶(やかん)の水をポットに入れだした。 「茶葉のパックは菓子器の中に入っておりますので」 「すいませんね」
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