4 山狩り

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「よし、明日は久々に定食屋に肉を仕入れてやるか。丁度いい肉が『今』手に入ったしな!」 今死ぬか、後で死ぬか。この選択肢を迫られているようだ。そもそも、どこに行くつもりなのだろうか。もしかして、肉屋のバックヤードでぼくの解体作業を行うつもりか? 最悪の想像が頭の中に過った瞬間、商店街の入口が見えてきた。商店街の中に入ったらもう逃げ場はない、商店街の道は狭くUターンは不可能、戻るためには商店街の先端のある行き止まりで切り返しを行う必要がある。喉元に刃を突きつけられている状態でそんなことをさせてくれる筈がない。 こうなれば、一か八かだ。ぼくは疎らにある街灯に向かってハンドルを切った。左に大きくハンドルを回し、街灯の袂にぶつかる寸前、深くブレーキを踏み込んだ。 激しいスキール音が辺りに響き渡る。その刹那、車のバンパーは街灯の根本に激しく衝突してしまった。板金十万コースどころか、いや…… バンパー交換だな。これで絶体絶命の状況から脱出出来るなら安いものだ。エアバッグが作動していないと言うことは動作回りはまだ生きているということになる。 肉屋は衝突の衝撃で、後部座席から前のめりになり、フロントガラスに頭から突っ込んでいた。包丁は右手に持ったまま、ぼくの腿の上で振り子のように虚しく揺れていた。 ぼくは身を僅かに身を竦め、肉屋を助手席の方に押し出した。何も反応がないことから、気絶しているのは間違いないだろう。後はこのまま車から追い出すだけだ。ぼくは一旦車から出て、助手席側のドアを開けることにした。助手席側であるが、畑と道を隔てた小さな斜面のある草むらとなっていた。 車から出てバンパーを確認したのだが、凹みは僅か。ボンネットは無傷。エアバッグも作動していないことからエンジンはノーダメージと言うことだ。 「交換で済みそうだな」 ぼくはそう呟きながら助手席側のドアを開けた。そこに横たわる肉屋の襟首を掴み、引きずり出そうと力を入れた瞬間、肉屋の首がこちらを向いた! そして、逆手で持った包丁をぼくの首筋に振り下ろしてきた。ぼくは素早く身を引き、反射的にドアを思い切り閉めてしまった! それに臆したぼくは畑に尻もちを突いてしまった。その眼前には、包丁が握られた肉屋の手が転がっていた。車のドアに手を挟んで切断に至るだろうか? 切断面からも血が出ていない。こいつも人間じゃないのか? そう考えているうちに車のドアがゆっくりと開いて行く……
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