4 山狩り

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車から出た肉屋は虚ろな顔をしながら落ちていた右手を拾い上げた。そして、適当に落ちていた木の枝も右手に添えるように拾い上げ、その枝を右手ごと斜めに突き刺し、強引に切断された手を繋ぎ合わせてしまった。 しかし、木の枝を使って強引かつ雑に繋ぎ合わせたもののせいか、ブラブラと揺れており極めて不安定である。 本当にこいつは何なんだ! もういい加減にして欲しい! ぼくは腰を抜かして後ずさることしか出来なかった。すると、ぼくの左手に何か硬いものが触れた。街灯の光に照らされたそれは真っ赤な円筒状のものだった。ぼくはそれを自動車学校の教習で一度だけ使ったことがある。確か、蓋を取ってマッチのように擦った覚えが…… どうしてこんなものが草むらにあるのだろうかと考えたのだが、さっきぼくが、助手席のドアを思い切り閉めた時に勢いで飛び出たのだろうと自己解決に至った。それは、助手席のドアポケットに常備してある発炎筒のことである。 ぼくの車に常備してある発炎筒だが、非常時の脱出用ハンマーも兼ねている。両端それぞれが持つ機能である。 ぼくは逆手持ちで発炎筒を握り、低い体勢で前へと飛び出し、包丁を持って迫りくる肉屋の腿に向かって振り下ろした。その瞬間、発炎筒の先端より吹出花火を思わせる炎が吹き出してきた。その炎は肉屋の全身に燃え広がり、その身を燃やしていく……  そして、道路の上まで歩き、そのまま倒れてしまった。 ぼくはハンマー側で肉屋の足を叩いて足を止めるつもりだったのだが、間違えて発炎筒側を叩きつけてしまったためにこうなってしまったのである。 意図せずとは言え、ぼくは人を燃やしてしまった。いや、そもそも人かどうかも分からない。だが、ぼくは肉屋を助けるために上着を脱ぎ、燃え盛る肉屋の体に向かって何度も何度も上着を叩きつけて火を消そうとした。 やがて、燃え盛る火は消えた。衛生帽子もエプロンも燃え尽き、残るのは黒く焼け焦げた人の体らしきものと、右手に握られた包丁のみとなってしまった。人の体らしきものであるが、街灯の光に照らされてはいるものの、その正体はハッキリとしていた。 「マネキン……?」 そう、肉屋も女性店員と同じく中身はマネキンだったのだ。ぼくは仕事柄、火事の現場へと行き、焼死体を見ることも珍しくはない。それとは全く違う焼け焦げたマネキンを前に「人、殺してないよな……」と安堵するのであった。  一難は去った。次はどうしようか、そんなことを考えながら運転席のドアを開けようとすると、正面、つまり商店街側に多くの光が見えた。ユラユラと動くところ、懐中電灯の光だろう。どうやら、商店街に追跡者が集まっているようだ。このまま前に行けば、車を囲まれてて止められ身動き出来なくなったところを袋叩きにされていただろう。 さっきの丁字路は左に行くことが正解だったようだ。この道の広さならギリギリで切り返しが出来る。後は来た道を引き返すことにしよう。ぼくは運転席に座り、ギアをバックに入れた。 その瞬間、ドアガラスを叩く音が聞こえてきた。
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