4 山狩り

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「んで、こうして追われているところ…… 涼風村であって涼風村でない場所、つまり『ここ』に迷い込んで困ってるってことだね?」 「ここ、何なんですか?」 「それを聞かないでおくれ。私だって何故ここにいるのかは分からんし、ここが何なのかは分からん。だが、ここが別の場所だと言うことしか分からん」 老人ホームの取材で会った認知症の進んだご老人のような言葉であるが、絹枝はそれを真面目に言っているように思えた。そう、本当にいきなり前触れもなく「ここ」に放り込まれたような口ぶりなのである。「認知症の発症後の妄想」の荒唐無稽さではなく「分からない」と曖昧なところが信用に足るとぼくは考えている。 「……分かりました。それで、女将さんは…… この村の秘密は……」 「昔から住んでいる私はよう知っとるけぇな。江戸川乱歩の黒蜥蜴とでも言えばええやろか?」 「……公表しようとかは? ああ、別にこの村の人を責めてる訳じゃありません」 「いやいや、責めてくれて構わんよ。外におる盗賊黒蜥蜴のような人の蒐集欲を満たすことで、仲根くん…… いや、この村は贅沢出来てたんだ。ダムにも飲み込まれんかったしのう…… 私らも『黙認』していたようなものだ…… 罪深い……」 ぼくは絹枝が「仲根くん」と、まるで親しい友人を呼ぶかのように「仲根家」の誰かを呼ぶ口調が気になった。思わずに尋ねてしまう。 「あの? 親しそうですね?」 「仲根くん…… 仲根芯次郎は私と同級生だよ」 驚天動地である。しかし、地下壕で見たあの老人と絹枝は、言われて見れば同世代であるように感じられた。 「当然、稼業のことも……」 「ああ、知っとったよ。剥製を作る家系ってことも知っとる。人間剥製のことも村のオジイから聞いていたし、見たこともある。そうそう、以前に友達を亡くしたと言う話をしたことは覚えとるかね?」
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