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ぼくは涼風村への到着を山石井に報告しようとスマートフォンを手に取った。電波は圏外、5G4Gは勿論、通話のための3Gすらも通じていない。Wi-Fiも論外だ。
「困ったなぁ…… 地図で見た感じはエリア圏内だったんだけどな……」
絹枝が困ったようにスマートフォンの画面を眺めるぼくに尋ねてきた。
「どうなさいましたか?」
「ケータイが通じなくて」
「ケータイ? ああ、お電話の方ですか。ロビーの方にお電話の方が御座いますのでお使い下さいまし」
「あ、お構いなく」
涼風村にいる限り、スマートフォンは無用の長物か。時計として使うことにしよう。
ぼくはそんなことを思いながらロビーに出て電話をかけることにした。
ロビーに電話は置かれていた。ぼくはその電話を見て驚いた、なぜならピンクのダイヤル式の公衆電話だったからである。10円玉…… あったかな? ぼくは財布の中の10円玉を全部取り出し、公衆電話の上に乗せた。
「昭和の若者じゃないんだから……」
ぼくはじーこじーこと電話のダイヤルを回した。制作会社の電話番号は東京03から始まる10桁の番号。6桁を回したところで「今、どこまで回したかな?」と不安が襲いかかり、受話器を置いて始めからダイヤルを回し直すこと数回…… 電話帳からワンボタンで直接電話をかけることが出来る世代に生まれてよかったと思っていると、制作会社に電話が繋がった。電話を受けたのは事務の織田さんである。
〈はい、お電話ありがとうございます。ダイダロス映像、織田が承ります〉
〈おつかれさまです〉
〈ああ、ADさん。どうしたの? 公衆電話なんかから電話しちゃって〉
〈ケータイが通じなくて。旅館の電話からかけてます。あの、山石井さんを出してもらえます?〉
数秒、間が空いた。織田さんは辺りを見回して山石井を探しているのだろう。しかし、山石井は電話に出ることなく、対応は織田さんのままだった。
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