4 山狩り

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「逃がすな! 撃て!」 後ろの若い衆のうちの一人、警官がニューナンブM60をぼくに向かって撃ってきた。 「ひっ!」 ぼくは身を低くし、警官の銃撃を躱した。銃弾の向かった先には花瓶があり、粉々に砕け散ってしまう。 リビングへと入ったぼくは辺りを見回した。その間に銃持ちの若い衆が迫りくる足音が聞こえてくる。結局のところ、袋の鼠じゃないか! と、思い視線を移すと、隣り合った部屋がキッチンであることに気がついた。そして、そのキッチンの隅には「お勝手」がある。 現代の住宅建築ではすっかり設置されなくなった勝手口だ。ぼくはそれを最後の希望である脱出口と考え、ドアを開けた。先回りされている可能性も考えたのだが、それは杞憂であった。 勝手口を開けた先は芝生の斜面になっていた。斜面は急であったものの、身一つで降りられない程ではない。子供の頃にダンボールを橇にして遊んでいた時のことを思い起こさせる角度であった。 「逃がすな!」 「撃ち殺せ!」 考えている暇はない! ぼくは一気に斜面を駆け下りた。こうして斜面を駆け下りる間も銃声が聞こえてくる。何発も銃声が聞こえてくるも、弾丸はぼくには当たらない。ぼくが斜面を滑落するような速度で走っていて狙いが定められないことに加え、暗闇であることからくる幸運がぼくを生き長らえさせているのだろう。 やがて、ぼくは斜面を駆け下り終えた。平面になった瞬間に足を止めるも、斜面を一気に降りた勢いは止められず、何か細い柱のようなものに顔面からぶつかってしまった。 激しい痛みであるが、学生時代にバスケットボールやサッカーボールが顔面にぶつけた時の痛みと似たようなものだ。気絶する程ではない。 ぼくはジンジンと痛む鼻を押さえながら前を見た。そこにあったのは玉垣だった。 なんと、目の前には目的地である芯中神社があったのである。なるほど、民宿ふるさとの真裏の斜面を降りた先が芯中神社だったと言うわけか。地図で見ると、離れた位置に見えて遠く見えるが実際は真裏に位置していたのか。 そして、神社の鳥居も真横にある。ここから車を置いた路肩まで走ろうかと考えた瞬間、玉垣を砕くような音が聞こえてきた。玉垣に銃弾が撃ち込まれたのだ。もうこれは他の手を考えている余裕はない。ぼくは絹枝の言う事を信じることにした。 ぼくはあまり信心深くはないのだが、神仏に対する礼儀は守っているつもりだ。寺社仏閣へ取材する番組をいくつも担当し、身についたことである。 だからぼくは鳥居を潜る時は一礼もするし、参道の中央を歩くことは絶対にないし、参拝も二礼二拍手一礼を行う。当然、この芯中神社に入る時もこの礼儀を守るつもりであった。 しかし、今は非常事態。鳥居を潜る時の一礼もせず、参道の中央を往き、一気に境内へと駆け抜けた。そして御社様の後ろにある林の中へと潜り、走り抜けた。
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