4 山狩り

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 頼りない木漏れ月の光で足元も覚束ない。突き出た枝で露出した腕に擦り傷が出来て、痛いとしか言いようがない。着ていた上着は肉屋の火を消すためにそのマネキンの体を叩いた時にそのまま放置したがどうでもいい、もう捨てたようなものだ。 枝で二の腕が傷つこうと、何度転ぼうとも、ぼくは木々に包まれた闇の中を走り続けた。 ぼくの後方からは銃声や「殺せ!」「捕まえろ」などと言った怒声や、木々を踏みしだく足音が聞こえてくる。追撃者はぼくに対して容赦をすることはない。絶対に捕まってたまるかという気概を持ちながら走り続けた。 ぼくは不自然なことに気がついた。この芯中神社だが、周りを田に囲まれており、後ろの田も鳥居より少し歩けば見えるぐらいなのだ。つまり、土地としては猫の額程で、かなり小さいということになる。ぼくの目測では五秒もあれば端まで辿り着く程度なのである。 それにも関わらず、どれだけ走っても走っても林の中を出ることがない。まるで、深い森の中を走っているような感覚なのだ。 体感時間では一時間ぐらい走っているのだが、外に出る気配が全くない。踏みしめる葉や枝や土の感覚はあるものの、一旦足を止めて下を見ても何も見えない。木々の匂いはするが天を見上げても木漏れ月の月光が見えない。ぼくは全くの暗闇の中を走っているような感覚に襲われていていた。もしかして失明でもしたのだろうかと、ポケットを漁りスマートフォンを出せばバックライトの光はキチンと見える。5G4Gも電波は無いが、日付と時刻だけは表示されている。時刻は…… 夜中の二時を過ぎた辺り。天辺を過ぎた辺りで仲根邸から脱出したと考えて、二時間しか経過していないのかと愕然としてしまった。追撃者の襲撃を躱しこの神社裏の林に突入して今の時間までが二時間とは到底考えられない。 どうなっているんだと考えているうちに、ぼくは何をしているのかがわからなくなってしまった…… 完全なる暗闇に閉じ込められ、手足をどう動かしているのかすらも分からないのだ。走っていると言われれば走っているようにも感じるし、止まっていると言われれば止まっているようにも感じられるのだ。 ただ、暗渠の泥濘たる底なし沼に落ちたようにしか感じられなかった…… 意識があるのか、意識がないのかすらも分からないのである。  気がつくと、ぼくの目に光が差し込んでいた。これまでのような木漏れ月の頼りない光が再び差し込んできたのである。 その光に希望を懐きながらぼくは走った。そして、闇を脱することが出来た。
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