4 山狩り

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 出た先は、神社の境内だった。馬鹿な! ぼくは一切引き返してなんかいないぞ? 真っ直ぐ前にしか進んでいない! 一体どういうことだろうか。 ぼくは辺りを見回していると、これまでにない違和感を覚えた。 「人の気配がない……」 ぼくは先程まで血に飢えた猟犬に追われる兎も同然だった。しかし、今は追跡者の気配は一切ない。人がいるように感じられないのである。 その瞬間、ぼくはもう一つのことが気になった。一体、何時間あの林の中にいたかということである。時計を確認したぼくは、あまりのことに信じられなく、愕然としてしまった。 「八時……」 そう、ぼくがトンネルを潜り抜けてから辺りを彷徨って間もない時刻なのである。 ぼくは長い白昼夢を見ていたと言うのだろうか? しかし、ぼくが触れた人間剥製の感触はハッキリと覚えている、地下壕の肌寒さ…… 手術室の消毒液の匂い…… 肉屋を焼いた炎の熱さ…… 今は上着を着ていないために、夜風が身に染みる…… 木の枝で傷ついた二の腕に、泥に塗れた運動靴…… これらの感覚と経験が夜に見た白昼夢だったとは思えない。 とは言え、こんな村には一秒だっていたくない。ぼくはコソコソと身を隠しながら道沿いに歩いていくことにした。 しかし、いくら道を歩いても人の一人も見かけない。すると、民宿ふるさと近くの路肩に停めたぼくの車を見つけてしまった。これこそ、足止めのために壊されるなりパンクさせられてもおかしくないのに…… ぼくはキーレスキーの解錠ボタンを押した。 ガチャ…… 解錠された。何かの罠だろうか……? ガソリンの消費も降りた時のままだ、肉屋の襲撃を躱すために街灯にぶつけたバンパーの凹みもそのまま、包丁が刺さり穴が空いたシートもそのまま…… あの出来事が白昼夢や幻覚ではないことがわかったのだが、どうも複雑な気分である。 今度は村の正面から脱出しよう。もう、あんな訳の分からないトンネルなんか使ってたまるか。 ぼくは脱出の希望を込めて、アクセルを踏み出すのであった……
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