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おわりに
ぼくは隣の市に入るなりに、警察署へと駆け込んだ。被害届を出すためである。
免許証の更新や道路使用許可申請以外の用件で警察署に来るのは初めてかもしれない。そもそも、被害届を出すこと自体が初めてだ。学生時代に自転車を盗まれての盗難届すらも出したこともない。だから、この手の申請をするためにどこの窓口に行けばいいのかと分からずにいたのだが、開いている窓口は玄関真横に設置された夜間受付室のみであったため、直様に向かった。
「すいません、被害届の方を」
群青色の制服を纏った警察官がぼくの対応を行うことになった。被害届の申請はその警察官の質問にぼくが答え、警察官が書き記す形式で行われる。
「えっと、被害届の受付の前に住所氏名電話番号職業の方を」
ぼくは個人情報を簡単にではあるが説明を行った。警察官はぼくの説明を聞き、うんうんと頷きながら被害届に記載していく。
「それで、どのような被害をお受けになりましたか」
「殺されかけました。包丁を突きつけられたり、猟銃の銃口を向けられました」
「……わかりました」
警察官はぼくの顔を訝しげな目で眺めた。仕方ない、いきなりこんな夜中に来た男が刺されそうになっただの、撃たれそうになっただのと言われても信じ難い話である。しかし、信じて貰わなければ困る。警察官は次に「場所」を尋ねてきた。
「それで、どちらの方で殺人未遂の方をお受けになられたのでしょうか」
「はい。この市の隣の涼風村で……」
警察官の訝しむ顔がいきなり驚きの顔へと変わった。ぼくの顔を何度も何度も見つめてくる。
「あの? 本当に『涼風村』でこのようなことに?」
「はい。殺されかけたんです」
「あの? イタズラか何かですか?」
「違います! 本当に殺されかけたんです!」
警察官の目つきが変わった。まるで、可哀想な者を見るかのような憐れむような目なのである。
「いい? 涼風村はもうありませんよ?」
「どういうことです?」
「いい? 涼風村は随分前に限界集落になってて人数が少なかったの! それで、三年前にこの辺りに大きな地震があったの! 涼風村って言うのは先の戦争で防空壕作るためにいっぱい穴ァ掘ってて地下はスカスカだったの!」
ぼくの知っている話と知らない話が混在して困惑するばかりである。とりあえず気になる一点から話を掘り進めて行くことにしよう。
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